さようならから

爆弾に取り付けられていた発信機や3つの事件を同時に起こしたこと、そしてジェイムズに爆弾付きの鉢植えを送ったことや病院内に大量の爆弾を配送したのも、全て水無怜奈の病室を突き止めるためにしたことだと気付いた遙たちは、坏戸中央病院に長居をすることは無用として最終手段である3台の車に分乗し組織を攪乱しつつこの病院から脱出することとなった。

「囮の車に乗る捜査官は組織を出来る限り遠くまで引きつけるように!誰がどの車に乗るかはジョディ君から聞いてくれ!」

ジョイムズの言葉を聞いていたコナンが、「ねえ、ぼくの知り合いのおじさんのビートルに乗せて運ばない?」と提案した。それに遙が「ちょっ、俺の車もあるんだけど?」とコナンに告げると、「…おめーをあんま危険に巻き込むと、あいつ怒るだろ…」と呆れた表情で返されてしまった。遙がきょとん、とした後に頬を掻きながら「そうでした…」と小さく溜息を吐いて「俺は大人しくしてます」と腕組みをしてコナンの一歩後ろに下がった。

「後部座席なら寝かせられるし…その悪い人達はきっとストレッチャーが乗せられる大きい車で運ぶって思ってるだろうから、絶対バレないと思うよ!!」
「そ、そうかもしれないけど…」

ジョディの言葉にコナンが微笑むと、「じゃあぼく、外に出て電話で呼ぶね!すぐ来てくれると思うから…」と携帯を出しながら病室を出て行こうとしたので、遙がそれに着いて行こうと歩き出そうとした瞬間、コナンの手からするりと携帯を取り去った赤井の姿が目に入った。赤井はコナンを見つめながら「いくらボウヤでも、そいつは出来ない相談だ…」と告げて「これは我々FBIの仕事…これ以上一般市民を巻き込むわけにはいかん」と携帯をパタンと閉じて、コナンに差し出した。「あ、でも…」と渋るコナンに遙が苦笑していると、「後は我々に任せるんだ!」と少し声音を強めた。遙は、赤井の隣に並ぶと「まあまあコナン!これはさ、赤井さんにいい案があるんだよ、きっと!」とウィンクをコナンに送ると、赤井の方を向いて「ね、赤井さん?」と穏やかに目を細めた。
赤井が、それに小さく目を丸めた後、ふっと柔らかく笑んだ。

「では、まず各自回収した爆弾から発信機を見つけ、それを潰してから…」と発言するジェイムズに赤井が「いや…潰すのは私の話を聞いてからにして頂きたい」と告げる。

「今のボウヤの言葉で思いついたんですよ!奴らの目をくらまし、水無怜奈をここから連れ出す妙策を!」

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「た、確かに…それなら奴らを欺けるかもしれんな!」
「まあ、そう願いたいところですが…」

「いつもいいヒントありがとねコナン君!」「うん!」というジョディとコナンの会話に和んでしまった遙が、ふふっとひっそり笑っっていると、「問題は水無怜奈を乗せた車を誰が運転するかだが…」と思案気に眉を寄せたジェイムズに「そうですねぇ…万が一奴らにバレ、振り切らねばならない局面に陥った時の事を想定すると…臨機応変に行動でき、この周辺の地理に明るく、なおかつドライブ技術を備えた人物…」と答えた赤井に、「それは赤井君!君しかいないだろう…」と即答したジェイムズに、赤井は「いや…私は避けた方がいい…奴らが真っ先にチェックするのは、私がどの車に乗っているかでしょうから…」と告げると、ジェイムズがまた考え始めて「…となると…」と呟いていると、後方で静かに手を上げた捜査官がいた。先程、ジョディとジェイムズに送られた植木鉢の爆弾処理に向かった、キャメルだった。「ここはやはり…私でしょうかねぇ?」と告げると、ジェイムズが「おお!爆弾処理の時に活躍してくれたキャメル君か!」と微笑むと「私も彼なら適任だと思います!」とジョディも安心したように答えた。
赤井が「Fear of death is worse than death itself…死の恐怖は死そのものより人を悩ます…臆するなよ…」とキャメルに告げると「ええ…もとより死は覚悟の上…どーせ死んでも悲しんでくれる家族はいませんしね」と肩を竦めていると「ではさっそく準備にかかってくれ!」ジェイムズがキャメルに言うと「了解!」と他の捜査官たちとともに部屋を後にしようとした瞬間、ジョディが困惑した表情でキャメルに声をかけたが、言う言葉を考えあぐねたのか「あ、いえ…がんばって…」と告げただけだった。そんなジョディの様子に遙が首を傾げて「ねえ、コナン。ジョディさんなんか様子が…」とコナンの方に顔を向けると、緊迫した表情で病室から出て行く捜査官たちの姿を見つめるコナンの姿あった。それに不安になった遙が眉を下げてコナンを見つめていると、「そんな顔をするな…この作戦の成功は必然だ…」との赤井の言葉が聞こえて、コナンがはっとした表情で赤井を見た。

「それとも俺の保証だけじゃ…不安かな?」
「いや…全然…」

小さく微笑む赤井に、冷や汗を浮かべながらもコナンがにっと笑って返した。微笑み合う二人の姿に、遙は「これは俺が呼ばれる前に二人の間で交わした何か別に…あるなやっぱし」と目を細めて静かに笑んだ。
そして、困惑していたジョディが思い出されてまた目を向けたが、そこにジョディの姿はなかった。

「俺たちもいこう」
「うん」

赤井の言葉に頷いたコナンが、遙の方を振り向いた。「おめーは待ってろ」と言われたので、遙は頷いた。「はいはい、待ってますよ」と答えた後に、コナンから目を離すと赤井と視線が重なった。じっと遙を見つめる姿に「…赤井さん。コナンのこと、よろしくお願いします」とやんわりと微笑んで軽く頭を下げると、さらりと遙の少し長めの髪が肩から零れ落ちる。夜色の美しい黒髪は、一度も染めたことがないのだろう。それに少し眩しさを覚えて小さく目を細めた赤井が、ゆっくりと遙の前まで来ると、徐に手を伸ばした。遙の、柔らかく絹のように滑らかな黒髪に触れて耳にかけた。驚いて顔を上げた遙が赤井を見ると「…安心して待っていてくれ」と優しげに頬に手のひらを置いたかと思うとすぐに離れて踵を返した。
赤井の行動に呆気に取られて困惑している遙がとりあえず赤井の言葉に答えようと「…はい」と小さく呟いた。コナンも戸惑ったような表情をしていたが、すぐに我に返ると「行ってくっからな、遙!」と焦ったように赤井の後を追って病室を飛び出したのだった。

遙は、水無怜奈も運び出されて一人になった病室で、そっと赤井が触れた頬に自分の手を添えた。


―― かつて、明美を愛した手の熱を忘れたくなかった。赤井に出会い、付き合うようになってから、明美は何度美しい笑顔を見せてくれただろう。一緒に行ったお店や、赤井の優しい一面。こんな人なのと見せてくれた赤井と明美の写真。赤井のことを話す明美は、毎日明るくて、本当に愛おしそうな表情をしていた。

「なあ、明美…お前、なんで…死んじまったんだよ」

俺、お前から紹介されたかったんだよ。大事な恋人ですって。すっごい好きなんだって。照れて、ちょっと微笑むのに失敗した表情が見たかったのに。赤井さんと二人並んで、存在する姿を。この目でしっかり見たかった。お前が、組織に悩まされるようなことになるのも、俺は知らなかった。別れたことすら…お前が組織に追い詰められていることすら…俺は知らずに、…お前の傍にいたのに。

血が、明美を覆う残酷なほど鮮やかな赤が、濃密な匂いでその場と遙の鼻腔を焼いた。止まらない血が、遙の両手を染めた。隣でコナンが必死に口を開いている。こんなに傍にいるのに、どうしてだろう、コナンだけが酷く、遠くて。遙は明美の表情を見るのが怖くて、じっと赤く染まるだけの手のひらを恐れるように見ていた。

「……はるか  はるか、」

…嗚呼、明美の声がする。安心する声だ。ゆっくりと、視線を明美に向ける。口元、鼻、そして、明美の優しげな瞳と視線が合わさった。明美は涙を溢していた。つつ、と儚く明美の輪郭を滑っていく。遙は、はく、はく、と言葉が出せなくて唇だけが動いていた。

「泣くな」「痛いか?」「痛いよな」「…大丈夫だ」「コナンが救急車を、」「なあ、明美」「なんで、」「だって、何も」「なあ」「…嘘だ」「ついこの間まで」「そんな」「…志保がいるのに」「お前まで亡くなったら」「だめだ」「志保のところに…諸星さんのところに…」「帰ろうぜ」

――― かえろう いっしょに いってやるから

遙は、泣いていた。明美が、苦しげに微笑んだ。噎せ返るような血の匂いが、更に濃密さを増した。明美が、「ねえ、はるか」と掠れた声で呟く。「なに、」と遙は少し言葉を喉に詰まらせながらも答えた。明美が、震える手で、遙の手に触れた。柔らかい手だ。何度も、触れた手だ。

「はるか、いいの。…なかないで、いいのよ。まえ、にもいったでしょ?はるか、わらって……はるかの、みりょく、っは、……っげんきと、えがお…よ、」
「ばか、あけみ……いま、それどころじゃ、な、…っ」

コナンに金庫の鍵のある場所を告げる明美が、そうして、目を瞑ると、遙の手のひらから明美の手が力無く滑り落ちた。

――… 頬に添えていた手を離した遙が、目を伏せて窓の外に目を向けた。窓を開けると、冷たい風が遙を容赦なく撫でる。…もう、頬に赤井の熱は残っていなかった。