初めましてを

ぼんやりと、夜の街に灯る明かりや道路を走る車をひたすらに眺めていると、後ろで扉の開く音がしたと同時に「遙!うまくいったぜ!」と嬉々としたコナンの声が病室に響いた。「おお!さすがコナン!無事帰って来てくれて良かった」と振り向いて微笑んで答えると、コナンが遙の顔を見て目を丸くした。その隣にいる、赤井も小さく目を丸めている。それを不思議に思った遙が、眉を顰めて「…どうした?」と問うと、コナンが困ったような表情になり、ゆっくりと歩き出した。―― 窓から、冷たい風が入ってきて、白いカーテンがふわふわと揺れる。月の光に淡く照らされ涙が静かに頬を伝う様は、遙を酷く儚く見せて、赤井は胸の内に…何故か、焦燥感を覚えた。

遙の前で歩みを止めたコナンが、すっと手を伸ばした。それに答えるように、片膝をついた遙がその手にそっと触れた。…氷のように冷たくなっていた。コナンがもう片方の手を遙の頬に置いて、親指ですっと目尻を拭った。そうして目を細めた。「…遙、また泣いてたの」コナンがコツン、と額を合わせた。「うわっ泣いてたの、俺全然気づいてなかったわ……悪いな、コナン」遙が甘えるようにコナンと合わさった額を擦り合わせる仕草をした。「帰って来るの、待ってたよコナン」ぽろり、と宝石かと思うほどに光に透けて美しい涙が一つ、遙の瞳から零れた。コナンが「俺が、大事なワトソンのとこに帰って来ないわけないだろ、バーロー」と優しげに笑うと、額を離した。

「赤井さんが、一緒だしな」
「! …うん、そうだな!」

遙は微笑んで立ち上がると、窓を閉めて赤井の方を向いた。赤井は、じっと遙を見つめた後に「…君は、目が離せなくなるな」と告げたので、遙は上手くその意味を理解出来なくて「落ち着きがなくて心配ってことですか?…コナンや蘭、明美からも良く言われてたな…いや、今でも哀に言われっぱなしだ…」と呟いていたが、急にはっとした表情になってから、コナンの頭を軽くポンポンっと叩くと「赤井さん、コナンのこと、ありがとうございました!」と嬉しそうに微笑んだので、赤井はふっと小さく口元を緩めるといや、と短く答えて「お礼を言わなければいけないのは俺…FBIの方だ」と返したので、遙は得意げに微笑んだ。

「あれ…そういや、ジョディさんたちは?」
「ここに集まることになっている…」
「もうすぐ来ると思うよ?」

赤井とコナンの返答に「そっか!」と頷いたと同時に病室の扉が開かれ、次々と捜査官たちが入ってきた。ジョディが「やだ、なんで電気つけてないのよ!」と呟きながら部屋の明かりをつけた。全員帰ってきたのを確認すると、ジェイムズたちが水無怜奈を組織に奪われてしまったことの報告をし始める。それに落胆し悔しそうにする捜査官たちが見えた。ジョディも険しい表情をして唇を噛み締めていると、赤井とコナンがそれが作戦であったことを伝えた。すると、一拍置いてジョディの「ええ!?」という大声が病室に響いた。

「水無怜奈をわざと組織に渡した!?」
「ああ」

赤井は「だからキャメルにドライブテクをアピールするように言ったんだよ…この病院から水無怜奈を連れて脱出する際の運転手として選ばれるようにな…」とキャメルと目を合わせて小さく微笑み合いながら、言葉を続ける。「そしてその車を奴らに判別させ、彼女を奪還させてやったんだよ…そう…奴らがFBIの策を読んで、まんまと出し抜いたと錯覚するように…このボウヤとじっくり作戦を練ってな…」とコナンに視線を向けると、コナンは微笑んで赤井の言葉に頷いた。コナンの隣にいた遙は、「…二人並んでると歳の離れた兄弟っぽい…顔は勿論似てないけど」と全く別の事を考えながら、うんうんと一人頷いていた。

ジョディが怒りを露にしながら赤井に「じゃあなーに!?このゴリラが私を殴って気絶させたのも、計画の内だったってわけ!?」と怒鳴るが、「ああ…この作戦に支障をきたす人間は、全て黙らせろと指示を出した…」と赤井は表情を変えることなく淡々とジョディに返した。その後ろにいるキャメルだけは、焦ったように顔色を変えていて冷や汗が出ていた。二人のギャップが面白くて、遙はひっそり笑いを堪えていた。

「それに、今回は運よく奴らの爆弾を使って水無怜奈を運んだ車を爆発させ、運転手が死んだかのように偽装出来たが、あれは車をドリフトさせてガードレールの切れ目に運転席のドアが来る、絶好の位置に車を止め、爆発のタイミングに合わせて脱出しなければ成功しない…」

「ドライブテクもないお前にそんな役やらせる訳にはいかんだろ?」とジョディに告げた赤井にジェイムズが「し、しかし…」と困惑気味に口を開いて「水無怜奈は組織につながる唯一の糸…その彼女を何故むざむざ組織に…」と問いかけると赤井は、ふ、と笑んだ。

「昨夜彼女と契約を結んだんですよ…ただの糸ではなく、FBIの釣り糸になってくれと…このボウヤの策略に…乗せられてね…」

コナンがにっと赤井と目を合わせて微笑み合った。遙は、先程感じた「自分が呼ばれる前に二人の間で交わした別の何か」の正体はこれかと、気付いてじっと二人を見つめた。

…赤井から語られたのは、水無怜奈とコナン、赤井の3人での会話だった。水無怜奈の弟、本堂瑛祐が水無怜奈が自分の姉と似ているので姉の手掛かりを知っているのではないかと探っていたこと、そして水無怜奈が本堂瑛祐の本当の姉であり、自分の血液型が姉からの白血病の骨髄移植でO型からAB型に変わってしまったこと、CIAの諜報員であったことまでを話してキャメルに託し、退室させた後、水無怜奈がCIAだと何故バレたのかをコナンが以前土門のインタビューした公園でされた嘘発見方法だと説明し、ベルモットがノックした音を聞いたこともあったのを話すと納得したこと、そして父親のイーサン・本堂が水無怜奈を守るために、水無怜奈が殺したと見せかけて亡くなったことも知っていたこと、水無怜奈が毛利小五郎を頼って本堂瑛祐の保護を頼みたかったことやコナンが意識が戻っているのにシーツのシワの位置で気付いていたことや本堂瑛祐が病院のどこかに隠れているのかを話し合った後、最後に提案をしたのだ。

―― 「まさか私に… もう一度組織に戻れなんて言わないわよね?」
―― 「もちろん… そのまさかだ…」

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ジェイムズが赤井から語られた話を聞きながら「なるほど…だから水無怜奈をわざと組織に渡したというわけか…前のように組織の懐に潜って色々探ってくれと…」と腕を組んだ。「ええ…FBIの狗ではなく、CIAの諜報員としてですがね…」と赤井が頷いてそれに答えた。ジョディが「でもこの作戦、元はみんなコナンくんが考えたの?」と聞くとコナンは首を振って「ううん!赤井さんも同じこと考えてるみたいだったから、話して二人の作戦を合わせただけだよ!」と答えて「まあ赤井さんは、この病院から車で怜奈さんを連れて脱出する時に、キャメル捜査官の口からこの話を彼女に持ちかけるつもりだったみたいだけど…」とコナンが微笑んでいるキャメルと目を合わせた。

「多分、その車の運転手にキャメル捜査官が選ばれて二人っきりになるだろうからってね!」

コナンの言葉を聞いていたジェイムズが首を傾げながら「じゃあ彼女を奪われる寸前に君が殴られたようなあの音も擬装だったのかね?」とキャメルに問うと、キャメルが「ええ…殴られて気絶した振りをして車を止めろと赤井さんに指示を受けていたので…でも、まさか本当に殴られるとは思っていませんでしたが…」と殴られた箇所を摩りながら答えていると、赤井が「そうしてくれと彼女に頼んだんだ…」と告げた。

「万が一お前が殺されていた場合、お前の首筋に殴られた跡がないと水無怜奈の身が危うくなるからな…」
「そ、そうですね…」

赤井とキャメルの会話が終わったと同時に、ジョディが怒りながら「教えてくれたっていいじゃない!」と告げ、ジェイムズは半ば呆れながら「その通りだよ…」と水無怜奈を奪われどんなにショックを受けて落ち込んだか、と伝えると、赤井は「それが狙いですよ!」と話しCIA本部との連絡後、水無怜奈が提案を飲んでくれたことを告げた。ジェイムズが「よく要求を飲んでくれたな?」と赤井に問いかければ「ええ…当然、それに釣り合う条件を提示されましたがね…」と、水無怜奈から弟である本堂瑛祐への証人保護プログラムを要請されたことを話した。ジェイムズが「組織のボスのメールアドレスを知ってしまった少年なら適用されるだろうが…」と考えていると、ジョディが「その少年だけじゃなく、この病院の人達のことも心配だわ!!組織は多分、FBIに加担して水無怜奈を匿ったと思ってるでしょうからなんとかしないと…」と不安げに口にした言葉に、静かに周りの話を聞いていた遙が「いや、」と短く告げた。

「大丈夫だと思いますよ、ジョディさん!」
「ええ?」

微笑んでいる遙にジョディが困惑して「何が大丈夫なのよ!」と詰め寄ってきたのを、コナンが宥めるように「遙の言う通り、…それなら平気だよ!多分、今頃水無怜奈さんが…」と言葉を続けたので、ジョディもはっとした表情になってコナンを見た後に、遙に目を向けた。

そう、彼女はこちらの要求を飲み、それに釣り合う条件…本堂瑛祐の証人保護プログラムの要請をしたのだ。彼女は、必ずこの病院を守ってくれる。遙が安心するようにゆっくり頷けば、ジョディも「そうね…」と返して頷いたのだった。

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任務が終了し、各自解散となったFBIの捜査官たちを見送った遙が、コナンに「俺たちも帰りますか?幼きホームズ殿」と優しげに微笑んで告げたので、コナンがそれにふっと短く笑った後に「そうすっか、ワトソン君」と手を差し伸べたので、遙は嬉々としてその手を握り締めると、後ろから「…倉敷くん」と赤井が声をかけてきたので、遙は振り向いた。

「はい?」と笑って振り向いた遙に赤井が「…いや、」と短く答えて、少しの沈黙が二人を包んだ。…先程、遙が涙する姿が、何故だか酷く赤井の胸を刺していた。疼く胸を無視するように、赤井が遙を見つめた。美しい瞳が、赤井から逸らすことなく、不思議そうに見つめている。すっと、導かれるように遙の少し赤みのある目尻を柔く撫ぜた。遙が「赤井さん?」と少し戸惑ったように赤井の名を口にしたが、赤井がそれに答えることはない。数回目尻を撫でた後に、するりと壊れ物を扱うかのように頬に滑らせて、赤井の逞しく少し硬い手のひらは遙の柔らかく白い頬から離れていった。

「――…また、会おう 倉敷くん」

赤井が、少し掠れた声でそう告げると病室から出て行った。じっと二人を見つめていたコナンが「赤井さんって、読めねえ…」と小さく呟いたので赤井の自分への行動に呆気に取られっぱなしの遙も同意だと頷いて、赤井の触れた頬に、ゆっくりと手を置いた後、すぐに離して、コナンと二人、病室を後にしたのだった。

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――― その後、赤井が殉職したことをコナンから遙は聞いた。それに、明美と天国で仲良くやってるかもな!と返しながら、コナンの母である有希子が帰って来ているから会いに行こうとコナンに誘われて行った工藤邸に入ってすぐに、遙はとても仰天することになるのだった。

そこには、殉職したはずの赤井秀一がいたのだから。

「あ、…え…!?…えええええええぇええぇ゛っう゛!ごほっごほっ!?」

あまりに驚いて苦しそうに咳き込む遙に大爆笑するコナンと、それに微笑んでいる有希子、そして小さく微笑んでいる赤井に、遙は顔を真っ赤にして叫んだ。

「こういうことはしっかり俺にも言えーーー!」