04

次の日の放課後、はるとが帰りに本屋にでも寄ろうかと考えながら教科書を鞄に入れていると、柔らかく微笑んだ雪兎が「はると、ちょっと一緒に小狼くんに会いに行かない?呼び出されてるんだ」と首を傾けたので、「小狼さまに…?」とはるとは一瞬不思議そうにしたがすぐに、小狼が雪兎にあげるために準備していたバレンタインチョコを渡すためかと分かり「ええ、いいですよ」と頷くと席を立ちあがった。不機嫌そうにむっとした表情をした桃矢が二人の後ろを着いて来た。

「…桃矢がぶすくれているのは、小狼さまのせいですね」

はるとが困ったような表情で桃矢を盗み見ていると、こちらを向いた桃矢がぐっと顔を近付けてきて「なんだその顔は」と胡乱げな視線を送ってきたので「いいえ」と首を振ったはるとは「桃矢はかわいいなと思っただけですよ」と忍び笑うように口元を手で覆った。同時にはらはらと、鮮やかな花弁が数枚ほどはるとの周りを舞ったが、一瞬の瞬きの間にそれは溶けて消えた。桃矢は、そんなはるとの姿に目を細めながらふっと口端を上げるとくしゃっとはるとの髪を掻き乱して「かわいくねーよ。俺は、な」と柔らかい黒髪を指先で遊ばせた。雪兎がそんな二人の様子に嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと3人で校庭の小学校と水飲み場とくっついている方へと歩みを進めた。

▽△

小学校の水飲み場前まで着いたが、まだ小狼は来ていなかった。小狼が来るのを待っていると、雪兎があ、と声を上げると「今日バイト休みなんだって?」と桃矢の方を向いた。桃矢が頷いて「なんか知らんけど、商店街の電灯がショートして大変だったらしい」と言う会話にはるとだけが内心でびくびくとしていた。心当たりがありすぎるのだ。「昨日のクロウカードのせいだろうなあ…」と額に手を当てて溜息を吐いた。

「桃矢、日直だろ?大丈夫だよ。僕一人で」
「あのガキ何しでかすかわからん。ゆきを呼び出しやがって…」

幸い、クロウカード関連の話はすぐ終わったので、ほっと胸を撫で下ろした。「俺のバイト先の菓子屋に来て俺の顔見るなり帰りやがった。おまけにさくらにまでつきまといやがって…!」とイライラとしたように告げた桃矢の姿に「本当にごめん桃矢…」と心の中で深く小狼の変わりに謝罪を述べていると「どうして僕とはるとはさくらちゃんと話してもいいの?」と和やかな笑顔と共に問われた桃矢が、雪兎とはるとの顔を交互に見つめた。そして「おまえらは…」とふっと真面目な表情になった桃矢にはるとは首を傾げた。近付いてくる桃矢の包帯の巻かれた手を視界に入れた所で、こちらに走ってくる音が聞こえたので、はるとは無意識にそちらを向いた。「ついてくるな!」「わたしもこっちに用があるんだもん!」と言い合いながら向かってくるのが見えて、はるとは「だから、あれほど女性にかける言葉は優しくと言っているのに…!」と呆れたように首を緩く振った。雪兎は先に気付いていたようで、自分の前で息を切らし整える二人の姿にきょとんとした表情をしている。桃矢は、腕組みをしてじっと小狼を睨んでいる。息を切らしたまま、雪兎の前にすっと同時にかわいい包装紙に包まれた物を差し出した。雪兎が「これ、僕に?」と問うと、二人して何度も何度も言葉なく頷いたので、受け取った雪兎は「ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。それに頬を染めて見惚れる小狼とさくらの姿がとてもかわいくて、そして小狼の、ただただ恋する少年の顔がとても嬉しくて、自分まで照れくさくなっているとさくらが「あ、あの…!」と声を張り上げたので、はるとは驚いて「は、はい!」と勢いよく返事をしてさくらを見た。さくらは、顔を真っ赤にしたままにはるとにも可愛らしく包装した物を差し出してきたので、目を丸くした。

「これは…さくらちゃん。まさか私にも用意してくださったんですか…?」

はるとが驚いたままにさくらを見ると、さくらがゆっくりと頷いて「あの、わたし…はるとさんにもどうしても、バレンタインチョコ受け取ってほしくて…それで、あの…!」と必死に言葉を紡ごうとするさくらのなんとも愛らしく癒される姿にはるとは、心の底から照れた。そして、そっと大事そうにさくらの小さな手のひらからチョコを受け取ると、頬を柔く染めてふふ、と溶けるような笑みを浮かべた。さくらが、そして桃矢に雪兎、小狼でさえも、はるとのその笑みに目を奪われてしまった。

「こんな、女性からチョコを貰うのなんでいつぶりでしょう…本当に、嬉しいです…。さくらちゃん、私にまで用意してくださって心から感謝します。大事に食べますね」

ふわふわと、はるとを祝福するかのように、風とともに薄く美しい花弁が舞った。ゆらゆら、ふわふわとはるとを包み込むかのようなその様の、なんと幻想的で儚いのか。目線をさくらと同じにして、ゆったりと頭を下げて目元をより一層緩ませたはるとに、さくらはキャパオーバーしてしまった。くらっとしたさくらに「っえ!?さくらちゃん!?」と慌てたはるとが抱き寄せると、甘い花の薫りがふわっとさくらを包んで、さらにくらくらとしてしまう。桃矢が口元を隠しながら「さくら…お前の気持ちがわからんではねー…」と形容しがたい表情で、はるとの腕の中に納まる顔を真っ赤にした妹の姿を見つめた。

▽△

はっと我に返った小狼が「おい…!はるとから離れろ!」と噛み付いてきて強引にさくらと自分を離したので、「小狼さま!だから女性には優しく!」と眉を寄せ、桃矢も「俺の妹に何しやがる!」と掴みかかろうとしたが、小狼は数歩後ろに後退し桃矢から離れて「ふんっ」とそっぽを向いてツンとした態度を取った。その様子に全く…と溜息を吐いて、「さくらちゃん、本当にいつも申し訳ありません…」とさくらに謝った。さくらは「いいんです!こんなことくらいへっちゃらですから…!」と焦ったように拳を作って見せた。

「じゃ、桃矢も日直だし…僕たちもいこっか!はるとのとってもかわいい笑顔も見れたしね」
「えっ…!?」
「そうだな。とびきりのかーわいい、えがお…が、な?」
「っ…!?」

雪兎のはまだ許せるとして、桃矢のからかうような言い方にむっとして、少しだけ睨むようにむくれたはるとが「桃矢は本当に意地悪ですよね…行きましょう、雪兎」と桃矢を置いて雪兎の手を取り歩き出した。そんなはるとの様子に、いつも一線境界線を引いていたのが一気になくなった気がして雪兎は嬉しくなり、うんと頷いて「じゃあ、またね。さくらちゃん、小狼くん」と手を振って歩き出した。桃矢が「おいガキ…さくらにちょっかい出すんじゃねーぞ」と釘を刺すと、はるとと雪兎に追いついた。はるとの隣に並び歩いた。はるとは何も言わなかった。

「…お前、そんな風にむくれたりもすんだな」
「……え、」
「―― 嬉しいって思ったんだよ」

そんな桃矢の姿に、はるとは幼き頃のシギルを思い出した。初めて、他人に本気で怒った時のことだ。シギルは喧嘩っ早くて、はるとに近付く者全てを何故か気に入ることが出来ず、いつも周りに噛み付くように気を張っていた。ついには追い払った一人の少年に怪我をさせてしまったのだ。……その時初めて、はるとはシギルに怒りを露にした。誰かのために、怒るのはそれが初めてだった。そんなはるとの様子に、シギルが呆けた表情をした後に反省することもなく、小さく笑みを浮かべた。そして嬉しそうに目を細めると「お前が、俺のために怒る姿を始めて見た。…お前にそんな風に思ってもらうことが、こんなに心嬉しくなるとは思わなかった」と日々の鍛練で少し逞しくなった両腕をはるとに回すとぎゅっと強く抱き締めて来たのだ。怪我をさせた少年を放置して謝ることもせず、喜びを噛み締めているらしいシギルに、呆気に取られすぎて二の句が繋げなくなった自分も一緒に思い出してしまった。
はるとはふ…と笑みを浮かべながら3人で並んで歩き出した。桃矢は外の景色見ていた。雪兎はにこにこと微笑みながら貰ったチョコをしっかりと腕に抱いて。そして、はるとは大きな幸福を感じていた。繋がっている、気がしたのだ。他人の心に触れることが怖かった。すぐ左右されて闇が重くのしかかってくるのが恐ろしくて。でも、ここに転校して出逢った桃矢…そして雪兎が、小狼やシギル以外で初めて自分が安らいで傍にいることに。言葉なくても大丈夫なことに。確かに今この二人に会えて良かったと思っていることに。喜びを感じている自分がいることに、気付いたのだった。

▽△

―― ここね

涼やかで優しい声音が、ふと喜びに包まれているはるとに届いた気がして、ふと立ち止まって辺りを見回した。突然の行動に桃矢と雪兎が「どうした?」と声を掛けたが、勿論廊下には桃矢たちしかいなかった。はるとは思わずといった感じで首を振った。そして「なんでも、ないです…すみません、行きましょう」と困ったように微笑んで、一緒に教室へと戻るべく歩き始めたのだった。
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