04
全ての授業を終え、帰宅準備をしていたはるとは、「おい」と声をかけられて振り向いた。そこに立っていたのは、桃矢の姿だった。意志の強い瞳が逸らされることなくはるとを見つめる。お昼のこともあるので、緊張した面持ちでそれを見つめ返していると「一緒に、帰らねえか」と言ったので、はるとは思わず「へっ!?」と気の抜けた声を出してしまった。すると、桃矢の後ろからひょこっと顔を出した雪兎が「ぼくたち、君と仲良くなりたくて」と目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「…お昼に申し訳ないことをしたばかりなのに、いいんですか?」
「もう、気にしてねえよ。あれはお前じゃなくてあのガキが悪い」
「……申し訳ありません」
はるとが申し訳なさすぎて、内心で小狼に説教だ!と闘志を燃やしていると桃矢がふっと薄く微笑んではるとの髪をまたくしゃくしゃっと優しく掻き回した。それに「わっ」と驚いて顔を上げると、桃矢が優しげな表情で「気にすんな」と言った。隣にいる雪兎へと目を向けると、うんうんと頷いている。それを見てようやく安心した表情になったはるとを見て、「俺とゆきと一緒に、帰るだろ?」と半分決定しているような形で聞いてきた言葉に、「はい!」と頷いて答えて鞄を手に取ったのだった。
靴を履きかえて外に出ると、夕方になり冷え込みが増していた。寒さには弱いはるとはマフラーを巻いているのに寒いようで、ぎゅっと体をすくめていると隣に立った桃矢が「…寒いのか?」と聞いてきた。それに何度も頷きながら「……寒いのが苦手で…」と少し恥ずかしそうにしながら答えた。手袋をし終えた雪兎が、「そう言えば、明日からさらに冷え込むって天気予報言ってたよ…?」と空を眺めながら雪兎が大丈夫?と心配そうに美しい眉を下げたので、はるとは「月城くん、大丈夫ですよ。私には小狼さまのおかげで風邪をひいている暇がないので」と茶目っ気を交えて雪兎に微笑みかけた。
3人で校門を出ると、桃矢がはるとに「主ってことは、あのガキはお前の家の本家の人間とかなのか?」と聞いてくるので、「いいえ、そうではありません」と答えてから「幼馴染なんです」と告げた。
「小狼さまのお母様と私の母が友人で、それでよく子供の頃は香港に遊びに行っていたんです」
「香港に?」
「ええ、小狼さまのご実家は香港なんです。…ちょっと事情がありまして、友枝町に来ることになったので、こちらで生活する上での守護者として私が選ばれたんです」
「わあ、っていうことははるとくん強いんだね!」
雪兎のその言葉に、はるとは「そうだといいんですけど…」と少し不安げな表情で前を見つめる。桃矢は、そんなはるとの横顔をしばらく見つめてから、自分も前を向いた。
「…幼い頃から見てきた小狼さまは、その時からお強い方でした。詳しくは話せませんが、李家は特殊な家系なんです。その特殊さ故に、小狼さまに周囲の縁者たちがかける期待も大きい」
少し寂しそうに微笑んで、目を伏せたはるとが、「あっ!」と声を上げて立ち止まったので、何か声をかけようと思っていた桃矢と雪兎がそれに少し驚いてはるとに合わせ立ち止まる。桃矢の「どうした?忘れ物でもしたのか?」との言葉に「いいえ!」と首を振ったはるとが閃いたように桃矢に「さくらちゃんは、甘い物はお好きですか?」と聞いた。それに桃矢が「ああ…好きだけど、それがどうかしたのか?」と答えれば「それは良かった!これで、お昼のお詫びが出来そうです」と安心したような表情で胸元で両手を合わせて喜んだ。
それを見ていた雪兎が柔らかく微笑んで「はるとくん、もしかしてずっと考えてた?」と目を細めてはるとに問いかけた。桃矢は「気にしなくていいっつったのに…」と短く息をつくと、ふっと微笑んだ。
「まあ、あいつも喜ぶだろ……ありがとな沢咲」
「いいえ。心優しいさくらちゃんと木之本くんに、お礼を言わなければならないのは私の方です」
やんわりと首を振って桃矢に「近い内に必ず持って行きますので、その時は家の住所を教えていただけますか?」と頭を下げたはるとに、「今日教えてもいいぜ」と桃矢は返した。
「まだバイトまで時間あるしな」
「でも、急に伺ってはご迷惑に…」
「ならねえよ」
そうまで言われては、断ることも出来そうにない。はるとは小狼へのお説教はまた後日だなと思いながら、ありがたく着いて行くことにした。そんな二人の様子をにこにこと見つめていた雪兎が、「ねえ、はるとくん。さっきから言おうと思ってたんだけど、ぼくのことは月城くんじゃなくて、雪兎って呼んで欲しいんだ」と言った。桃矢も「俺も言わねえとって思ってた。俺のことも桃矢でいい」と雪兎の言葉に続けてそう告げたので、はるとは恥ずかしさから断ろうかとも考えたが、コミュニケーション的に問題があるかもしれないと「それでは…」と意を決したように二人の名を口にした。
「桃矢と、雪兎!」
「おう……はると」
「うん、はると!」
桃矢と雪兎が、はるとことも敬称なしに呼んで返事を返した。それに目をきょとんとさせてまん丸くした瞳で見れば、にっと微笑む桃矢に、にっこりと微笑む雪兎の姿があった。今日一日でとても距離が近くなった気がして、はるとはどうしてもお礼を言いたくなり「本当にありがとう」と笑った。
―― 雪兎と別れて、桃矢の家までの道のりとどの家かを確認すると、「ありがとうございます」と言って帰ろうとした。それを桃矢が「あがってけよ」と止めたが、はるとは「…バイトがあるのでしょう?私がお家へお邪魔して、遅れてはいけませんから」と断った。「それでは、また明日学校で」と言うとゆっくりとした足取りで来た道を戻っていく後ろ姿を、桃矢は寒空の下の中、見えなくなるまでただただ、見送っていた。
▽△
「桃矢と雪兎、か…」
はるとは、前の高校で友人がいない訳ではなかった。けれど、名前で呼び合う程気の合う友人を見つけられなかった。相手が歩み寄ってきても、その相手の心の闇に触れてしまうことがあったのだ。それに気圧されてしまったはるとは、それからはそれまでよりもっと他人との距離感もコミュニケーションも上手く取れずにいた。
「両親や小狼やシギル以外に、名前を呼んでもらったの久しぶりだな…」
はるとはしっとりと自分に向かって心配そうに吹いてくる風たちに、触れられるはずなどないのに、あやすようにふーと息を吹いて答えた。白い息が、風に遊ばれているのを眺めながら、はるとはより一層寒くなってきた気温にふるりと一つ震えてマフラーに顔を深く埋めると、家路へと急いだ。
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「…お昼に申し訳ないことをしたばかりなのに、いいんですか?」
「もう、気にしてねえよ。あれはお前じゃなくてあのガキが悪い」
「……申し訳ありません」
はるとが申し訳なさすぎて、内心で小狼に説教だ!と闘志を燃やしていると桃矢がふっと薄く微笑んではるとの髪をまたくしゃくしゃっと優しく掻き回した。それに「わっ」と驚いて顔を上げると、桃矢が優しげな表情で「気にすんな」と言った。隣にいる雪兎へと目を向けると、うんうんと頷いている。それを見てようやく安心した表情になったはるとを見て、「俺とゆきと一緒に、帰るだろ?」と半分決定しているような形で聞いてきた言葉に、「はい!」と頷いて答えて鞄を手に取ったのだった。
靴を履きかえて外に出ると、夕方になり冷え込みが増していた。寒さには弱いはるとはマフラーを巻いているのに寒いようで、ぎゅっと体をすくめていると隣に立った桃矢が「…寒いのか?」と聞いてきた。それに何度も頷きながら「……寒いのが苦手で…」と少し恥ずかしそうにしながら答えた。手袋をし終えた雪兎が、「そう言えば、明日からさらに冷え込むって天気予報言ってたよ…?」と空を眺めながら雪兎が大丈夫?と心配そうに美しい眉を下げたので、はるとは「月城くん、大丈夫ですよ。私には小狼さまのおかげで風邪をひいている暇がないので」と茶目っ気を交えて雪兎に微笑みかけた。
3人で校門を出ると、桃矢がはるとに「主ってことは、あのガキはお前の家の本家の人間とかなのか?」と聞いてくるので、「いいえ、そうではありません」と答えてから「幼馴染なんです」と告げた。
「小狼さまのお母様と私の母が友人で、それでよく子供の頃は香港に遊びに行っていたんです」
「香港に?」
「ええ、小狼さまのご実家は香港なんです。…ちょっと事情がありまして、友枝町に来ることになったので、こちらで生活する上での守護者として私が選ばれたんです」
「わあ、っていうことははるとくん強いんだね!」
雪兎のその言葉に、はるとは「そうだといいんですけど…」と少し不安げな表情で前を見つめる。桃矢は、そんなはるとの横顔をしばらく見つめてから、自分も前を向いた。
「…幼い頃から見てきた小狼さまは、その時からお強い方でした。詳しくは話せませんが、李家は特殊な家系なんです。その特殊さ故に、小狼さまに周囲の縁者たちがかける期待も大きい」
少し寂しそうに微笑んで、目を伏せたはるとが、「あっ!」と声を上げて立ち止まったので、何か声をかけようと思っていた桃矢と雪兎がそれに少し驚いてはるとに合わせ立ち止まる。桃矢の「どうした?忘れ物でもしたのか?」との言葉に「いいえ!」と首を振ったはるとが閃いたように桃矢に「さくらちゃんは、甘い物はお好きですか?」と聞いた。それに桃矢が「ああ…好きだけど、それがどうかしたのか?」と答えれば「それは良かった!これで、お昼のお詫びが出来そうです」と安心したような表情で胸元で両手を合わせて喜んだ。
それを見ていた雪兎が柔らかく微笑んで「はるとくん、もしかしてずっと考えてた?」と目を細めてはるとに問いかけた。桃矢は「気にしなくていいっつったのに…」と短く息をつくと、ふっと微笑んだ。
「まあ、あいつも喜ぶだろ……ありがとな沢咲」
「いいえ。心優しいさくらちゃんと木之本くんに、お礼を言わなければならないのは私の方です」
やんわりと首を振って桃矢に「近い内に必ず持って行きますので、その時は家の住所を教えていただけますか?」と頭を下げたはるとに、「今日教えてもいいぜ」と桃矢は返した。
「まだバイトまで時間あるしな」
「でも、急に伺ってはご迷惑に…」
「ならねえよ」
そうまで言われては、断ることも出来そうにない。はるとは小狼へのお説教はまた後日だなと思いながら、ありがたく着いて行くことにした。そんな二人の様子をにこにこと見つめていた雪兎が、「ねえ、はるとくん。さっきから言おうと思ってたんだけど、ぼくのことは月城くんじゃなくて、雪兎って呼んで欲しいんだ」と言った。桃矢も「俺も言わねえとって思ってた。俺のことも桃矢でいい」と雪兎の言葉に続けてそう告げたので、はるとは恥ずかしさから断ろうかとも考えたが、コミュニケーション的に問題があるかもしれないと「それでは…」と意を決したように二人の名を口にした。
「桃矢と、雪兎!」
「おう……はると」
「うん、はると!」
桃矢と雪兎が、はるとことも敬称なしに呼んで返事を返した。それに目をきょとんとさせてまん丸くした瞳で見れば、にっと微笑む桃矢に、にっこりと微笑む雪兎の姿があった。今日一日でとても距離が近くなった気がして、はるとはどうしてもお礼を言いたくなり「本当にありがとう」と笑った。
―― 雪兎と別れて、桃矢の家までの道のりとどの家かを確認すると、「ありがとうございます」と言って帰ろうとした。それを桃矢が「あがってけよ」と止めたが、はるとは「…バイトがあるのでしょう?私がお家へお邪魔して、遅れてはいけませんから」と断った。「それでは、また明日学校で」と言うとゆっくりとした足取りで来た道を戻っていく後ろ姿を、桃矢は寒空の下の中、見えなくなるまでただただ、見送っていた。
▽△
「桃矢と雪兎、か…」
はるとは、前の高校で友人がいない訳ではなかった。けれど、名前で呼び合う程気の合う友人を見つけられなかった。相手が歩み寄ってきても、その相手の心の闇に触れてしまうことがあったのだ。それに気圧されてしまったはるとは、それからはそれまでよりもっと他人との距離感もコミュニケーションも上手く取れずにいた。
「両親や小狼やシギル以外に、名前を呼んでもらったの久しぶりだな…」
はるとはしっとりと自分に向かって心配そうに吹いてくる風たちに、触れられるはずなどないのに、あやすようにふーと息を吹いて答えた。白い息が、風に遊ばれているのを眺めながら、はるとはより一層寒くなってきた気温にふるりと一つ震えてマフラーに顔を深く埋めると、家路へと急いだ。