01

「よしっと…出来た!…っと、早く行かねーと…!」

はるとは朝早く起きて作ったマフィンとクッキーを買ってきたお菓子用の包装紙に可愛く包むと、急いで出かける準備をした。今日は日曜日で、お昼に桃矢の家でみんなでバーベキューをしようと誘われたのだ。
小狼も誘われたのだが、本家から連絡が入ってしまい行くことが出来ず悔しげな表情をしていた。はるとは「帰りにでも小狼んとこ寄るか…」と小さく呟くと、玄関前の簡易棚の上に置いてあった、もう一つのプレゼント袋も忘れずに手に取ると、玄関の扉を閉めて桃矢の家へと急いだのだった。

▽△

桃矢の家に着くと、庭先からさくらと桃矢の話し声が聞こえてきたので、チャイムを鳴らさずにそっと覗いてみれば、そこには桃矢、さくらの他に雪兎と知世の姿もあった。はるとが「こんにちは」と声をかけると、桃矢とさくらが言い争うのを止めてぱっとこちらを向いた。知世と雪兎が「こんにちは」と優しく挨拶を返してくれた。桃矢ははるとの傍まで来ると、「待ってたぜ、はるとが来んの」とにやりと微笑んで髪の毛を粗々しく撫でたので、「わっ…!ちょっと、桃矢…!それやめてください…!」とはるとが戸惑ったように告げると、さくらが「お兄ちゃん!はるとさんが困ってるでしょ!」とやめさせてくれた。天使のような子だ。素知らぬ顔をしてそっぽを向いている桃矢が「…俺の友達だからいーんだよ」と少し不機嫌そうに小さく呟いたのを、はるとはふふっと微笑んで「桃矢はいつもいきなりだから、吃驚します」と答えた後に、でも…と言葉を続けた。

「桃矢の傍は安心しますし、桃矢に触れられるのは嫌いではありませんから」

さくらちゃんの言う通り、困ってしまうだけですので、とはるとが眉を下げながら少し照れたようにそう言った言葉に、桃矢が目を丸くした後、微動だにしなくなった。さくらはそんな桃矢の様子に全く気付くこともなく、桃矢のことをあーだこーだと語っている。…さくらは桃矢への鬱憤が半端なく溜まっているようだ。自分をぼうっと見つめたままの桃矢にさすがに不安になってきたはるとは、そっと桃矢に近付くと両手を伸ばして桃矢の両頬を包み込んだ。

「桃矢?どうされたんです…?」
「っ、」

はるとが触れたところが、火をついたように熱くなる感覚が、桃矢の両頬から全身に伝う。小さくはっと息を吐くと、桃矢が自分の両頬を包んでいるはるとの片方の手に自分の片手を添えて、顔を近付けてきた。はるとが今度は急に動き出した桃矢を不思議そうに見つめていると、ぐっとはるとの体が浮いた。それに驚いたはるとが「ひわ゛っ!?」と咄嗟に桃矢の両肩を掴む。

「お前、逃げらんねーかもな」
「はいっ!?あの、重いでしょう…!早く下ろしてください桃矢っ!」
「はっはっは」

優しげに目を細めて、はるとを見つめる桃矢の様子が、一つも意味が分からないはるとは、助けを求めて雪兎を見るが、雪兎はうんうんと頷きながら「桃矢の気持ち、すっごく分かるよ!」とのほほんとお茶を飲んでいた。ええい斯くなる上は小学生でもいい…!と知世に助けを求めて視線を送れば「さくらちゃんの怒っている姿も可愛すぎですわー!」と目をきらきらとさせてさくらを撮影していた。誰も助けてくれそうになかった。はるとは脱力して、小狼助けてくれ…と思いながら、はっといい案を思いついて桃矢に目を合わせる。

「桃矢、さくらちゃんに渡したいものがあるので、下ろしていただけますか?」
「…しょーがねーな…」

妹思いの桃矢に、この言葉は効果覿面のようだ。ありがとうさくらちゃん。俺を助けてくれて!とさくらちゃんに心の中でお礼を告げると、先程桃矢に抱き上げられた際に驚いて手から離れてしまっていた紙袋を持ち上げて中から桜色のラッピングに包まれたマフィンとクッキーを取り出して、さくらを呼んだ。

「さくらちゃん」
「それでそれで、お兄ちゃんってば……!って、はい!」
「これ、この間小狼さまがご迷惑をおかけしたお詫びです。桃矢に甘い物はお好きだと聞いたので…私の手作りですが…受け取っていただけますか…?」
「え…えっ!?私に…!?」

頬を染めて驚いているさくらに、はるとが頷いてそっとお菓子を差し出すと、それを大事そうに受け取ったさくらが、それはそれは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

「ありがとうございます!すごく嬉しいです…!」
「良かった、受け取ってもらえて…小狼さまと会って間もないさくらちゃんに、さぞ怖い思いをさせてしまいました。小狼さまに代わり、深くお詫び申し上げます…」
「はるとさん…!頭を上げてください…!私、全然気にしてないんです…!本当です…!」

一生懸命に顔を振って否定してくれるさくらに、はるとは目を丸くした後に、嬉しそうに笑って、また深く頭を下げた。

「…少し女性に対しての礼儀が欠けている小狼さまですが、私にとっては大事な方…これからも小狼さまをよろしくお願いします、『どちらにおいても』」

その言葉に含めた意味を、さくらは理解したようで、「はい!勿論…!私、負けません!」と拳を握ったさくらの様子に、はるとも「はい!」と力強く頷いて見せた。

▽△

バーベキューを終えて、各自の部屋で寛ごうとなったので、はるとは初めて桃矢の部屋へと足を踏み入れた。すっと溶け込むような魔力が、はるとの肌を滑らかに滑る。雪兎とはまた違う、桃矢の優しさを感じて、ほうっとはるとは息を吐いた。

「桃矢のにおいですね」
「そりゃ、俺の部屋だからな」

するりと、はると頬に軽く大きな手を滑られた桃矢が、勉強机の椅子に腰かけた。雪兎は簡易テーブル前に座ったので、はるとは桃矢の部屋の扉を閉めて、雪兎に対面するように座った。

「今日はこうして私を誘ってくださって、ありがとうございました」
「楽しかった?」
「ええ、とても」

小さく笑みを浮かべたはるとが淡く微笑む。室内にはないはずの桜と桃の花、そして雪が降るような感覚が、二人を包んだ。桃矢はふっとそれに微笑んでじっとはるとを見つめた。雪兎は軽く目を擦りながら、不思議そうにしていたが、にこにこといつものふんわりとしたあたたかい笑みを浮かべた。

3人で和んでいると、はるとが「そうでした」と告げて、紙袋から少し大きめのプレゼント袋を取り出した。そっと雪兎の前に置くと、雪兎が目をぱちくりとさせて「…これ、僕に?」とはるとに首を傾げので「はい」と頷いた。

「…雪兎、遅くなりましたが…お誕生日おめでとうございます」

はるとがそう告げると、雪兎がゆっくりプレゼントを受け取って、立ち上がり、「ねえ、はると」と告げて「抱き締めてもいいかな?」と微笑んだ。はるとははっとして急いで立ち上がり、「ええ、どうぞ…!」と頷くと、ぎゅうっと雪兎が抱き締めてきた。嗚呼、やはり…雪兎の魔力は、触れると更に強く感じる。安心感に包まれ、寄り添うようなあたたかさに、はるとは雪兎を離しがたくなりそうになる。

「本当にありがとう…とっても嬉しいよ、はると」

美しい、雪兎の声が、はるとの鼓膜を揺らして、溶けてゆく。

「…俺の誕生日も、祝ってくれよ」

桃矢の少し不機嫌そうな、しかし喜びも含んだ声が聞こえて、そっと雪兎から体を離したはるとは、大きく頷いた。

「勿論です。…祝わせてください、桃矢」

桃矢と雪兎は、俺の心からの…初めての友人なんだから。
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