「貴方、いい加減正気に戻ったらどうです。
このままだと本当に、絞め殺された挙句、跡形もなく喰い尽くされますよ」

タコの人魚である彼はそう言い放った。
小さな頃から私達を知っている目の前のタコ、基アズール=アーシェングロットは何の反応も返さない私に重々しいため息を吐きかけた。

アズールの言っている意味が分からなかった。
何故なら私は正気だからだ。
それに愛しい彼に絞め殺されて、喰い殺されるなんて、本望でしかない。

「……いいですいいです。
少し、ほんの少し、昔の誼みとして忠告してあげた私が馬鹿でした」

珍しく愛しの彼から離れ、アズールの経営するお店"モストロ・ラウンジ"に赴いていた私は暇を持て余していた。
経営者であるアズールは多忙な身のはずなのに、目の前にいる理由は恐らくたまたま手が空いていたのか。
ただ黙々と海藻を食い潰していた私に話しかけてきたのだった。

しかし、そんな要らぬ心配をするくらいなら声をかけないで欲しい。
私は今、虫の居所が悪いのだ。

「で?何故貴女ここにいるんです?
いつものように、愛しのフロイドにくっついてお掃除しておかなくて良いんですか?」

くいっと器用に片眉を上げたアズールに私はギリギリと歯を鳴らす。
フロイド、私の愛しの彼。
そんな彼に何を言われたか当たりが付いているだろうに、目の前のタコはつくづく嫌味ったらしい。

「煩いよ」

「まあ、大方フロイドから離れてと言われたのでしょう?
それ以外に貴女があのウツボから離れることは無いですもんね」

「……アズール嫌い」

「はいはい、嫌いで結構です。
では、ボクは仕事に戻ります。
忠告しましたよ。
精々後悔しないようにして下さいね」

颯爽と去っていくアズールの後ろ姿をじとりと睨めつけて、残りの海藻サラダを完食する。
そう、彼から「今日は着いてこないで」と言われた。
理解出来なかったが、彼の言うことは絶対。
私は彼のものだから、彼の言うことは聞かなくちゃいけない。
だから、ちゃんと"後をつける"のはやめた。

『ね、ねえ、フロイド先輩……こんなところで……ぁちょっと……っ!』

『えぇー?いいじゃん。
小エビちゃんも興奮するでしょお?』

でも、盗聴はしてはいけないと言われてないから。
今回のような2人の"陸式の交尾"の様子もすべて把握している。
汚らわしい人間の鳴き声が酷く不愉快で、気持ち悪い。

『小エビちゃんとのコービ、ほんと気持ちぃねえ』

どっかのエビとは大違い、と彼が吐息混じりに零した。
本当に小さな声だったから、恐らく人間の雌は快楽に呑まれていて聞こえていないだろう。
ただ私の耳にはハッキリと形を帯びて届いた。

私のこと……?

途端に私は吐き気の波が大きく襲ってきたため、急いで店のトイレに駆け込んだ。
吐いた。
吐いて吐いて、胃の中がひっくり返るぐらい吐いた。

比べられるのは嫌だった。
別に私以外の雌を気に入っていてもいいけど、私と比べられるのは嫌だった。

分かってる。
もう私のことを使わない彼は人間の雌と私を"比較"して、そっちを取ったんだってこと。
でも実際に彼の口から聞くのは嫌だったのだ。

どうせすぐ飽きる。
飽きたら、また私のこと使ってくれる。
だから大丈夫。

トイレはすり潰された海藻の残骸で黒黒としていた。
今の私の心情をそのまま表したかのような惨状だった。






-優刻-