ゴキ、と鈍い音が聞こえた。
それと同時に、一人の男の野太い絶叫が辺りに響き渡る。
何が起きたのだろう。
もう片方の男は、真っ青な顔をしながら後退りしている。
「なぁに楽しそうなことしてんのー?
俺も混ぜてくんねー??」
スラリとした大きな影が男二人に覆いかぶさっている。
ヒューヒューとおかしな息をしながら蹲っている男の肩を影は容赦なく踏み倒した。
喉がかき切れそうなほどの男の絶叫がまた響き渡る。
そんな男の様子を見て、やっと逃げ出そうと踏み出したもう一人の男だったが、逃げる間も無く地面へ蹴り倒されていた。
蹴り倒されて間も無く、何度も胴体に繰り出される打撃に男は情けない泣き声を上げながら蹲る。
また鈍い音が響く。
恐らく肋かどこかの骨が折れたのだろう。
男の泣き声が一段と悲痛さを帯びて大きく響く。
これじゃあ、二人とも死んでしまう……。
男の声が小さくなってもなお、容赦なく踏みつけ続けるその人に、私は慌てて声をかけた。
「フ、フロイド先輩……っ!駄目です!!
その人たち死んじゃいますっ!!」
その影の正体はフロイド先輩だった。
私の声が届いたのか、不自然なほどピタリと動きを止めた先輩。
ゆったりとした動きで私を見る。
「……なんで、止めんの?
コイツら小エビちゃんに、何しようとしてたのか、分かってんの?」
「あ……それは、その……」
長い脚を倒れ伏している男の頭に乗せ、ぐりぐりと力を込めながらフロイド先輩は、何の感情ものっていないような平坦な声で私を問い詰める。
「何?意味わかんないんだけど。
襲われたかったの?ねえ?」
「ちが……」
「違うの?違うんなら何で止めんだよ。
なあ?早く、答えろよ!」
珍しく私の前で声を荒げるフロイド先輩。
今、初めてちゃんと視線があった。
必死に何かに縋るような、そんな目をしていた。
私はフロイド先輩に駆け寄って、数十センチも高い彼の鼻めがけて、噛み付いてやった。
それはもう思いっきり。
「いったぁ!!なに?!」
「フロイド先輩!!!」
パチリと弾力ある音を立てて彼の頬を挟み込む。
「別に、この男たちのこと庇っているわけではありません!!
寧ろ、ざまあみろって思ってます!!
でも、これ以上すると多分この人たち死にますし、私そんな罪をフロイド先輩に背負って欲しくありません!!
だから、もう良いです!!
フロイド先輩が来てくれたから、もう良いんです!!」
「……小エビちゃん……」
「フロイド先輩、来てくれて、ありがとうございます」
そう言い終わると同時に、気が抜けたのかまた涙腺が緩んできた。
フロイド先輩は少し釈然としない顔をしながらも「小エビちゃんがそういうなら」と言って、腰が抜けて上手く立てない私を抱き上げてくれた。
は、初お姫様抱っこ!!
慣れない浮遊感と先輩の背が高い故に地面との距離が大きく開いていることに恐れ慄きながら、お姫様抱っこしてもらえた感動に震える。
フロイド先輩の首に腕を回すと、先輩が私の肩に顔を埋める。
挙句私の頬に自分の頬を擦り付けてくるもんで、心臓が飛び出そうになる。
もうキャパオーバー寸前なんだが!?
「はあぁあ〜、久しぶりの小エビちゃん……」
久しぶりって、そもそも先輩が避けたのが原因では?
しばらくして少しずつ冷静になってきた私は、先輩からできる限り距離を取る。
お姫様抱っこされているので、取れる距離なんて高が知れているが。
「先輩」
「んぇ、何?」
距離を取られたことが不満なのか、若干むすりとしている先輩。
そんな先輩も可愛いと思いながらも心を鬼にする。
そもそも今回のような危険な目に遭ったのも、先輩を追いかけたからであって、先輩が逃げなければこんなことにはなっていない。
この機会を逃すわけにはいかない。
しっかり話し合わなければ。
「あのですね、まず、私に言うことないですか?」
「え?言うこと?」
黙り込んだ先輩は、少しずつ罰の悪そうな顔になる。
思い当たるものはちゃんとあるのだろう。
「言うことって〜……」
続きの言葉を期待する私に、フロイド先輩はボソリと小さく呟いた。
「……ない」
一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
……え?ない?
……えーと、ナイン?9のこと?
私の聞き間違いかしら。
「先輩、私に、言うことないですか?
ここ最近のこととか」
「ない」
「私、ついに耳が遠くなったのかもしれませんね。
もう一度お願いします」
「だ〜か〜らぁ〜!ないって!!」
頭の中で何かが焼き切れる音がした。
もう、我慢できない。
「……なして」
「え?何て……」
「離して!!」
腕の上から降りようともがく私に、「危ないって」とか言いながらも離そうとしない先輩。
なんとか転がり落ちるように地面に降りた私は、笑う膝を叱咤して先輩に向き直る。
「本当に、何も言うことないんですか?」
「……ない、し」
「ねえ、先輩。
こんなこと言いたくないんですけど。
元はと言えば、さっきの出来事も先輩が私から逃げなければ、起きなかったことですよね。
ちょっとは思うところないんですか?
私もあんな人の少ないところにひとりで行ったのは、不用心だったなとは思いますけども。
でも、ずぅっと私から逃げて逃げて逃げまくって……意味わかんないんですけど。
何で逃げるんですか?
ちゃんと、私と、向き合って下さいよ!フロイド先輩!」
そう一気に捲し立てた私は、肩で息をしながら先輩を見つめる。