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 ◇ うそつきは狼を呼ぶ ◇



 あるところに、嘘吐きのイヴァンさんがいました。
 イヴァンさんは一生懸命に声を張り上げ、「狼が来るよぉ!」と言いました。もちろん、それは真っ赤な嘘です。

 その時ばかりは振り向いてもらえることが嬉しくて、イヴァンさんは嘘を吐かずにはいられませんでした。その時ばかりは、心臓がどくどくと脈打つものですから、大人の人に叱られてもいいのです。

 イヴァンさんは次の日も「狼が来るよ、みんな食べられちゃうよぉ!」と言いました。大人の人たちが怖い目で振り向くと、イヴァンさんは泣きたくなるくらい嬉しく思いました。お仕置きをされても、へっちゃらでした。


 その次の日は、青空の綺麗な、よく晴れた日曜日でした。
 丘の上に立ったイヴァンさんは、お腹がスースーするなぁ、と思いました。ご飯を食べさせてもらえず、体が少し軽くなったようです。

 空にはちっぽけな雲さえありませんでしたが、さみしい青がどこかにあって、頭の上ががらんとします。
 さみしさはやがて、イヴァンさんの大きな二つの目に集まっていきました。今にも落っこちそうなくらい、いっぱいに溜まりました。

「……、」

 大きな声を出すため、イヴァンさんが息を吸いこんだ、その時です。
 空の高いところから、不思議な風が吹いてきて、胸のなかがあたたかくなりました。今ならどこまでも声が届く、そんな気がしたイヴァンさんは、ひときわ大きな声を上げました。

「狼が来て、ぼくを食べちゃうよぉ!」
「……うるせぇ! どこから出してんだよ、その声」

 ざらざらした乱暴な声に振り向くと、狼が後ろに立っていました。イヴァンさんが、本当はずっと待ち望んでいた、本物の狼です。
 見たこともないほど格好いい狼は、「俺はギルベルトだ」と律儀に名乗りました。魅力的なハスキーボイスです。

「本当に、狼が来た!」
「……お前、いい体してんな」

 驚くイヴァンさんに、狼は赤い瞳を輝かせました。

「お前をもっと太らせて、美味しく頂くことにするぜ」

 そう悪びれずに言い、手を差し伸べてくれた姿は、きらきらと白銀に光っています。イヴァンさんの目には、太陽よりも、月よりも眩しく見えました。
 初めての喜びを感じたイヴァンさんは、「……もう好きにして」と頬を染めました。

「でもさ、君のおうち、ペチカある?」
「あるわけないだろ、森だぞ」
「えぇっ、どうしよう……」

 ペチカがないと、と、眉を下げるイヴァンさんの可愛さに、狼は正体不明のイライラとむらむらを味わいました。そして、つい、

「ペチカぐらい、俺様がつくってやる!」

と、約束してしまいましたとさ。これも愛、それも愛。めでたしめでたし。




Fin.


* * *



2016.??? 前垢@juoujにて




 ある日思いついてしまった、何の教訓もない話。……やや早とちりで惚れっぽいイヴァンさんが好きです。