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夏の朝に、冷たいミルクを飲むのが好きだ。庭の草木が風にそよいで、さらさらと気持ちのよい音をたてている。グラスのなかにも木漏れ日をくれて、砂糖もいれてないのに、なんだか甘い。
「おはよう、ギルくん」
「お前、寝てないだろ」
「あれっ……目の下にクマでもできてる?」
「……夜中に、ちょっと目が覚めて……話してるの、聞こえちまった」
悪いことでもしたみたいに、沈んだ声だ。どうしてなのか尋ねたら、僕らが恋人同士みたいだったと言う。
「そうかな、それでどうして落ち込むの? 変なの、僕の恋人は君でしょ?」
そんなことで気落ちしている彼が、とてもおかしくて、ちょっといじわるな言い方をしてしまった。
僕の隣に座ろうとして、ふと思い直したように、台所へと消えた。戻ってきたら、やっぱりだ、白いミルクを手にしてる。
「人が飲んでると、飲みたくなるよな。……そういや、二人は?」
「姉さんとナタはお出かけ、プールに行くんだって」
「はぁ? なんで俺も誘ってくれねぇんだよ!」
「え、だって僕らは学校があるから」
そんなに行きたかったのかな、プールに。あぁ、そうじゃなくて、二人とお出かけがしたかったのか。さっきよりも落ち込んだ顔を見せるので、なんだか妬ける。
君の方こそ、昨日ナターリヤと歩いていた時、まるで恋人同士みたいだった。それも、かなりお似合いの。言ったら、職員室に向かわずに帰ったと知られちゃうから、言わないけど。
「……ギルくん、聞いて」
「なんだよ、急にあらたまって」
「僕ね、僕……本当はもう決めてるんだ、卒業してからのこと」
これまで言えずにきたけど、今日こそ聞いてもらおうと、心を決める。ソファに隣り合い、まじまじと顔を見つめたら、にらめっこでもないのに吹きだされた。
「はは、詩のコンクールで賞とったんだろ」
「えっ」
「そんで、詩人に……ぷっ……なるんだろ? いつも詩集ばっか読んでたもんな、自分ではどんなの書くんだ?」
「えっえっ」
くっくっと肩を揺らし、こらえきれなくなったのか、彼は声を上げて笑った。僕は驚きすぎて、顔が熱くて何も言えない。すると真面目な顔に戻って、額をつっついてくる。
「なんだよ、べつに変だとか思ってないぜ。お前、言うことがいちいちキザっぽいし、お似合いだ」
「うぅ……」
「顔、真っ赤。なんだ、本当に恥ずかしいだけだったのか、ナターリヤが言ってた通りだったな」
とっくに知っていたなんて。誰から聞いたのかと思えば、またあの子だ。僕のことなら何でも分かるというのは、言葉のあやではないのかもしれない。いったいどんな情報網をもっているのだろう、言ってないのに。
恥ずかしいのもあるけれど、長いこと悩んでいたのは、もっと他の理由からだ。
「食っていけんのか? 俺は頼るなよ、医者になるって何年もかかるし、なったとして、」
「いいよ、何年もかかるなら、そのあいだ君のことを支えられるくらい、がんばる」
「……は?」
ぽかん、と口が開いたので、食べてもらおうかと唇を差し出した。全然応えてこないので、ふふ、と笑って、僕から食べてしまう。あれ、すごく甘い、そうか、ミルクのせいだ。
「な、なんだ、いきなり!」
「支えられるか不安だったけど、決めた。僕のことは心配いらないから、君は安心して、自分の夢を追えばいいよ。……あぁ、やっと言えた」
「……もしかして、それが悩んでた理由なわけ、ないよな……うそだ……ばかじゃねぇの」
「作品、駅前に飾られるから、見に来て……笑わないでね」
「……ぜったい、笑ってやる」
今日のギルくんの髪は、ミルクの色。抱きしめる僕の腕に、むずがったら、ふわふわとまた色を変えていく。僕の目に、こんなにも世界が多彩に映るのは、詩を書きはじめた大切な切欠は、ここにあるのに。いったい、どうして笑うというのだろう。
その口元が歪む前にと、もう一度くちづけた。
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