03
* * *

「どうして?」
「どうしても! 説明するのもめんどくせえ」
「そう……」

 僕が黙り込んでしまうと、彼は仕方なさそうに肩を組み、頬を寄せてきた。

「勘違いすんなよ、お前がくだらないんじゃねぇ……ていうか、お前はよくやってる、イヴァン」
「うん」
「それは、俺がよく分かってる。……な? あんま言いたくねぇけど、周りの大人がおかしいんだ……嫌な顔すんな! そりゃ、親のことをけなされたら嫌だろうな……だから俺も言いたくないんだって」

 肩を組んで歩くには暑すぎる陽気だ。僕の背中を、ぽん、と叩いてから離れ、彼はそこらへ腰かける。公園の花壇のへりなんかに、彼にならって僕も座る。

 よく晴れた夏の日、それでも風が吹いているおかげで、汗は割合すぐに乾く。
 ギルはその日の最終カリキュラムをさぼっていて、僕まで共犯者にされた。

 南の国から、山を越え、吹き下ろされる風が、僕らの帰宅路に横たわる。気温は上昇中、夕暮れにはまだまだ遠い。

「いいんだ、ギルはなんでも、思ったことを言って。そういうところが好きなんだ」
「あのなぁ、そういうの……いいか、べつに……いくらニブくても、誰彼かまわずは言ってないだろ……」
「なぁに?」
「ひとりごとだ、気にすんな」

 ギルの隣に座り、心地よい風を感じる。すると、なんだか目をつむりたいような、それでいてまばたきも惜しいような、不思議な気持ちになった。
 暖かくて乾いた風と、彼の声だけが、今この瞬間の全てになればいいと思った。

 ――それでも、まだ遠い夕焼けを待つために。僕は目をしっかりと開けたまま、彼の話に相槌を打つ。

「……優しさと、ひとりよがりは違う、俺はそう思ってる。分かるか?」
「うん」
「うそつけ、甘ったれヴァーニャに分かるわけねぇ」
「分かるよ! 文系は得意なんだから」

 やっぱり分かっていない、と彼は笑う。馬鹿にしている風でもなく、なんだか朗らかな笑顔で。

「君だって、お人好しベーティじゃない……」
「ふっ、甘ったれと、お人好しか……嫌な組み合わせだな」

 言うほど嫌そうでもない。やっぱり笑ったまま、暑い暑いと、手で顔を扇いでいる。
 それはシュコーラ時代につけられた、僕達のあだ名だ、不本意だけど当たっている。

「イヴァン、よく聞け」
「さっきから、ちゃんと聞いてるよ」

 急にあらたまったギルが、背中に触れてくる。手のひらはとてもあたたかい、彼の性格を、そのまま表わしている。

「お前だって気をつかって、頭つかって生きてること、俺はちゃんと知ってる。だから否定はしねぇけど……誰かが教えてやんなきゃ駄目なこともあんのに……まったく使える大人がいないぜ。俺はそれに腹が立つんだ、だから仕方ねぇ。今日から! 俺が、ビシバシ! 言ってくからな!」

 背を強く叩きながら、次第に声を荒げていく。
 何度も叩かれ、僕はけふけふ咳き込みながら首を傾げた。

「……いいの?」
「なにが」
「だって僕、わがままなんでしょう? ギル、嫌じゃないの」
「…………、」

 そんなふうに、眉をしかめられても、「わがまま」と言ったのは君なのに。と、声には出さずに思う。

「……ひとつだけ、言っておく。周りがなんて言っていようが、俺はお人好しじゃない。本当にやりたくないことは、しない」
「うん」
「お前はとりあえず、欲しいものはちゃんと欲しいって言え。ものほしそうな顔だけしてるのは、ズルいからな。……あと、しょうもない心配ばっかしてないで、目の前にあるものを大事にしろ! 今日のところは以上だ、分かったら返事!」
「はーい。……ふふ、先生みたい」
「俺は厳しいぞ、覚悟しろよ」
「うん、ありがとう」

 彼がいてくれて、良かった。本当に良い友達をもったものだと、僕はうっとり、親友の顔に見惚れる。

「……話は変わるけどよ、イヴァン、その、『うん』って言うの……どうにかなんないのか」
「あっ、子どもっぽいよね。やめようとはしてるんだ」
「おう、かわいいからヤメロ」

 太陽は、気長に天を通過してゆく。木々や花もゆったりと、誇らしげに季節を彩っていた。
 それでも、僕は夕焼け空を待っている、夏の日暮れに焦がれている、ギルベルトの瞳とおなじ色に。

 あの光にはまだ遠いが、彼の頬にはもう、うっすらと赤が差しこんでいた。

* * *