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【1:03】

 今考えると、なぜイヴァンを選んだのか分からない。俺はどうしてこいつと一緒にいるのだろう。
 湯を張った浴槽に、ふたりで静かに浸かっていた。遊び疲れた子どもと大差ない、ひとまず満足すると、こんな時間が訪れる。深く息を吐き出し、ふと目の前の男を見つめたら、けだるさが、どこか贅沢な疑問を連れてくる。

 ――なぜ、お前なのだろう。

 俺は浴槽のへりに腕をなげだし、頭をこつんと乗せた。
 イヴァンは穏やかな目でこちらを見ている。前髪から、ぴとぴと、垂れ落ちていく水滴ごしに。

 楽しいことなんか、何ひとつ無い夜になるはずだった。先週の埋め合わせだ、とかなんとか、断れない状況がそもそも間抜けだ。
 おそらく俺の人生においてまったく必要の無い人間を紹介され、そいつの話がつまらなすぎて、暇つぶしにグラスをあおりすぎた。

 不機嫌な酔い方をしていく俺の隣で、イヴァンはずっと笑っていた。そういえば、なぜこいつを連れて行ったのだろう、いや、勝手に来たのだったか。
 バスに乗らず、歩いて帰ると言った時も、公園での憂さ晴らしに付き合わせた時も。こいつはほいほい一緒に来て、何処であっても自分なりの楽しみを見つけ、勝手に遊ぶ。実に手間がかからない。

 何を考えているのか分からないところはあるが、それも別に不満じゃない。大酒飲むのも可愛いものだ。
 不満なことは、そうだな、あれくらい。寝る前に、Debussyなんか聴くところ――。

「……あれ、なんて曲名だ?」
「どれ?」
「……、」

 A♭から始まる旋律を、唇にのせた。イヴァンはほろっと目を細め、俺の真似をしようとするが、お前が口笛を吹けないことなんてとうに知ってる。
 そういうところだ。すぼめた唇の形が、整っているところ。それなのに音が出ないところ。そしてこの曲だけは、鬱陶しい。

 水音を跳ねさせて、イヴァンの腕が浴槽のなかから突き出た。血が透けそうな白い腕に、俺は見惚れてしまう。だから、捕まえられる前に、捕まえた。
 手のひらをとり、自分の頬に当てて、ほっと息を吐いた。

 浴槽のなかは白い、うそっこのミルクの色だ。花の香りがして、手のなかへと唇をすりよせたら、黙ったまま抱き寄せられた。
 狭さをこらえて、身をくるりと裏返す。背中をイヴァンにあずけ、足を行儀悪く浴槽の外へ出し、軽く組む。

「……電話が、鳴ってるよ」
「こんな夜更けにか? 隣の家だろ」
「じゃあ、関係ないね」

 どこか遠くでベルが鳴る、誰かを呼んで転がる鈴の音が、浴室の表面で、うっすらと反響している。
 煙草も、香水も、嘘も悪意も、全てがリセットされていく。
 そうして俺に残るものは、決して多くはないだろう。この手に包みこめてしまえるほど、小さければいいと思う。



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