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【1:06】
「疲れた?」
「……全然、疲れてない」
「おつかれさま、僕のギルベルト」
「…………、」
浴槽から突き出た彼の足が、すらりと伸びて、装置を推した。天井に固定されたシャワーから、細かい霧のような水滴が降ってくる。
ギルベルトは再び体の向きを変え、お湯から身を乗り出すように、僕の頭を胸のなかへと抱えこんだ。
「……に、なった、か?」
「ん、なぁに」
さあさあと降り注ぐものは、覆いかぶさる体に遮られて、僕の目には白い肌しか見えない。
「……俺と、お前……おんなじにおいに、なったか?」
つらそうな、もう何もつらくなさそうな、しめった瞳で問いかけてくる。
「うん、なった」
「もっと、ちゃんと確かめろ」
素直に、かたくなに、矛盾した声で甘えてくるのが愛おしい。
「君の、目を見れば分かるよ」
見上げて微笑み、くちづけを贈った。
あんなに鋭かった赤い瞳の、強さが緩んで、染みついていた日常の香りが抜けて。くたり、と、まなざしだけで身を任せてくるようだ。
「……好き、って言え」
「ふ、言わない」
要求を拒めば、完全にしなだれかかってきて、抱きついた身体の力を抜く。すっと伸びているはずの、美しい手足は見えなくて、白い浴槽のなか、植物の茎のようにどこか頼りなかった。
けれど、その奥に。骨よりも、柔らかな髄よりも、さらに奥底に。全ての憂いをはねのける、限りない強さが眠っている。
「言え、」
細い声が、どこか必死で、胸が締めつけられる。
雨垂れの流れ落ちているような、優しい背を抱いた。
「……今、言ったらね、君はどこまでも、ぐずぐずになっちゃうから」
後で、ベッドで言ってあげる。そう囁けば、こくんと頷いた。
この気持ちを吐き出すために、一度のキスなんかじゃ足りない。いろづいた肌の香りに、下腹からこみあげてくる衝動、これも違う。
どこかもっと、違うところから、楚々とした花の香りにつつまれて。純白とは言い難いけれど、きらきらと儚い気持ちが、雪より淡く降り積もる。
思わず、はぁっと溜め息がこぼれて、ちいさく肩に吸いついた。いくつもいくつも、ちいさなキスを。肩に、髪に、しずかな頬に。結局、僕は、これしか方法を知らないみたいだ。
ギルベルトは少しだけ調子を取り戻したのか、かすかに笑った。僕の鼻を、きゅ、と指先でつまむ。そうしてまた抱きつき、頬をすりよせてくる。
「だから、ベッドまではちゃんと歩いてね」
「……嫌だ」
けぶった白い視界のなかで、夜の尖りがうるんでいく。
手を伸ばし、シャワーを止めた。最後に落ちた数滴が、ぽろぽろ、水面でアルペジオを弾く。すっかり綺麗になった体で、ふたり、その音を聴いた。
Fin.
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以下は読まなくてもいい後書きです。
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Thanks BGM ♪
《ベルガマスク組曲より「月の光」》
C.Debussy - 石本裕子
美しすぎて、鬱陶しいものもありますよね。というお話。
だけど、それはやっぱり、心のどこかで惹かれているのだと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
2016.1/17 初出 うこ