04
 ギルの部屋へ戻ると、うるさく鳴りつづけた心臓に背を向けるように、すばやく扉を閉める。
「ギルベルト、これでいい? 持ってきたよ」
 部屋を出た時と同じように、ギルは悲しそうな目だけをのぞかせて、ベッドのなかに隠れていた。ちいさな咳も相変わらず聞こえる。
「これで、元気になる?」
「……」
 僕が戻ったのを見て、ゆっくりと体を起こしたギルは、もう声も出せないのか、こくんと頷くだけだった。それでも僕は、自分が役に立てたことが嬉しくて、笑ってしまう。
「よかった!」
 良かった、勇気を出したかい≠ェあった。
 ちいさな爪を使って、ぷちぷちとアルミ箔から薬を出していく。そんなどこか可愛い様子を見ながら、座れそうな場所を探す。
「……そこ、座れよ」
「あ、ありがとう」
 やっと聞けたギルの声が、白い指といっしょに、ベッドの上をすすめてくれる。おずおず座らせてもらった僕は、ギルの足を踏んだりしていないか、ぽんぽんと布団を確かめて、そこでやっと落ち着けた。
「君の部屋、初めて来た」
 さっきも言ったかもしれないけれど、あらためてまた声に出してみる。階下で冒険をしてきたからだろうか、この部屋がとても安心できる場所のように思えてくる。ふんふんと鼻唄をうたいたいような気分で、再び周りを見渡した。
 友達の部屋に来るのは初めて、人のベッドに座るのも初めてだ。それも、憧れの男の子、大好きなギルベルトの部屋なのだから、やっぱり嬉しい。
「はい、お水」
「ん、」
 いいなぁ、星柄のカバーって可愛い。寝心地は分からないけど、ベッドもすごく良い物のように思える。
 あげたばかりのキーホルダーが、ベッドの上に転がっていた。僕は二機のロケットを手に取り、ぶぅんと星空の海に飛ばしながら、こっそりまたギルの顔を見た。
 元気がないと、違う子みたい。でも、確かにギルベルトだ、そうなんだ。薬を飲めば元気になるって、頷いてくれた。
 早く、いつも通りにならないかな。この家のことを教えてもらって、それから表の公園で遊ぶんだ。考えていると、だんだん夢がふくらんでくる。おもちゃも触らせてくれるかな? ギルの自慢話が聞きたい、目をきらきらさせて話すのが、とってもキレイだから。
「ねぇ、どうして何でも二個ずつあるの?」
 水を持ったまま、けふけふ咳き込む。赤い顔のギルは、どこを見ているのか不思議な目をして、ゆっくりゆっくりコップを口に運んだ。そんなに飲みにくい薬なのかな。
「……ん、」
「ねぇねぇ、お薬飲んだら、明日は学校に行ける?」
「……ん……んぷっ」
「…………あっ」
 初めは、少し水がこぼれただけだった。だけど、続けて何度もちいさな体が揺れるたび、ぺとり、ぺとりとベッドカバーが重くなっていく。
 あとは、あっという間だった。
「…………」
 僕はなにも出来なかった。とっさに体も動かず、声も出ない。
「お、」
 これは僕の声じゃない。かすれたギルの声でもなかった。でも、やっぱり聞いたことのあるような、大きな泣き声が、はげしい勢いで部屋に響きだす。
「おっ、親父ぃーーー、あ、あっ、ううぅ……!!」
 汚れた布団の上に、ぼたぼたと大粒の涙がこぼれていった。
 ――誰だろう、違う子みたい。僕はぼんやりと考えていた。たぶん、自分でそうと気づけないくらい、驚いていたから。
「あー、あーー……っ、んう、ぇっ、え」
 泣き声に混じって、ぶるぶると喉の奥が揺れるような音が響き、また何度か体が揺れる。ぞっとするような揺れが僕にも伝染る気がして、勝手に体が冷えるのを感じた。
 ギルの口から糸が引いている。ぺとり、ぺとりと、またベッドが重くなる。
 僕は驚きすぎて、ぼんやりしたまま、ただそこに座っていた。