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その日、仕事帰りに店に寄ったら、裕次郎さんの叫び声が聞こえた。
「だぁぁからよぅ、だぁやかんなじ上手くいかんさぁ!」
私はまだ外に居て、中の様子が不安になる。
ガチャガチャと不穏な音が聞こえるのは気のせいだと願いたいところだ。
というか、お客さんは今居ないのだろうか。
意を決して扉を開けると、特に荒れた様子もなさそうで息を吐いた。
カウンターに裕次郎さんと知念さんが居て、私の姿を見て固まっていた。
「はいたい、ど」
「あー、ひなちゃん!
くり味見して欲しいんやしが!」
どうしたんですか、と聞こうとして、それは裕次郎の声に掻き消された。
裕次郎さんが指さしたのは、グラスに入った緑色の液体。
少しどろりとした様子が見えるそれは、記憶に残る匂いを放っていた。
「くり、って…」
「永四郎が、さっきけーるめぇんかい作ってった特製ドリンクさぁ。
わんや凛やかんなじ飲めねーらん。
やくとぅ、頼む!」
手をパンっと合わせて、頭を下げる裕次郎さん。
いや、私も苦手なんだけどなぁ、ゴーヤー。
なんて思いながら、でもそんな涙目で言われてしまえば退路は断たれたようなものだ。
私は小さくため息をついた。
「裕次郎さん、ちら上げてください。
飲むやいびん」
「じゅんに!
にふぇー、ひなちゃん!」
まるで犬がしっぽを振ったような幻覚が見えて私は瞬きをする。
でも、特に変わった様子はなかったから、勘違いだと考えることにした。
グラスを持って、では、と呟くと、裕次郎さんはゴクリと唾を飲んだ。
隣に居る寛さんはふわふわと笑っている。
「いただきます」
グラスに口を付けて、一気に傾ける。
わぁぁぁ、と恐れた様な声を上げるのは裕次郎さん。
いや、そんな声を上げたくなるものを飲んでいる私の身にもなってください、と頭の片隅で思った直後、あれ、と思った。
コクコクと飲み進めて、半分位残ったトコロでグラスをテーブルに戻す。
「ぬぅがんばーよ?」
恐る恐る問う裕次郎さんに、私は隠すコトもせずに告げる。
「でーじまーさん!」
「あぃ?」
私の第一声を聞いて、目を丸くする裕次郎さんに、私はそのまま感想を続けた。
「苦みやあるやいびん、ゴーヤーぬ。
やしが、だぁを感じさせねーらんさっぱりさ!
うっぴーねぇ感じる甘み!
相反する二つを見事んかい持ち合わせるくぬゴーヤースムージー!
でーじまーさん!」
「やさ?」
寛さんが面白そうに相槌を打つ。
「くり、ヘルシードリンクとしてかんなじ売れるやいびん!
いちから出すんですか?」
「あちゃー永四郎んかい好評やたんってあびるから…。
来週んかいや行けるとうむうさぁ」
「わー、楽しみっ!」
私が笑うと、不服そうに裕次郎さんがため息をついた。
そんな裕次郎さんに、どうしたのか問うと、彼は面白くなさそうに呟いた。
「ひなちゃん、ゴーヤーしちゅん?」
「えと、どっちかというと苦手やいびん。
食べられない訳じゃないんやしが、」
「苦い?」
「うー」
裕次郎さんの言葉に頷く。
「裕次郎も飲んでみればゆたさん」
寛さんの言葉に、ゲ、と表情を固くする。
寛さんはそんな裕次郎さんを華麗にスルーして、新しいグラスに半分くらい、ゴーヤースムージーを注いだ。
裕次郎さんはそれを暫く睨みつけたあと、暫くグラスを見ていたが諦めたようにグラスを煽った。
「………ぅえっ!」
全部飲み干した後に、ゴホゴホと咳込む様子を見て、私と寛さんは目を合わせた。
「裕次郎さん、大丈夫ですか?」
「…にっが………」
「えー!」
「…く、ねーらん」
どうやら、咳込んだのは気管に入りかけたかららしい。
「……じゅんに?」
「おう。
永四郎、ぬーんち昔ぬやあんなに苦かったのに……」
「あぁ、ありやわざとさぁ。
やったーが生意気やくとぅ、灸を据えるって」
「じゅんに!?」
思い出したように呟いた寛さんに、裕次郎さんは凄い勢いで問い詰める。
それを軽くスルーして、ふわりと笑いながら、寛さんは言った。
「じゅんに」
その声に、裕次郎さんは脱力するのだった。
暫く話していると、凛さんがカウンターに現れた。
「はいさい、ひな。
まぁた来たんばぁ?」
「はいたい、凛さん。
また、なんてヒドイやいびん!」
「わっさんわっさん」
抗議すると、片手であしらわれてしまった。
あぁ、そんな姿まで絵になるなんて、これだから美人は…。
「凛、くり。
永四郎が飲んで感想あびれって」
寛さんはそう言って、ゴーヤースムージーを凛さんに差し出す。
グラスを見て、寛さんと裕次郎さんを見比べる。
「まさか…」
「うぬまさかさぁ」
くっくっと笑いを漏らす裕次郎さんに、凛さんは声を張った。
「たーが飲むかっ、ゴーヤースムージーなんて!」
「でーじまーさん、くぬゴーヤースムージー」
「寛やゴーヤー得意あんに!」
「わん、ゴーヤー苦手やしが、飲めましたよ」
思わず口を挟むと、この世のものを見る目とは思えない目を向けられた。
そんなにゴーヤー、苦手なんだなぁ…、なんて。
未だに試飲を拒否する凛さんを眺めながら考えていた。
結局、凛さんが来てから一時間も経った頃だった。
凛さんは漸く諦めたらしく、グラスを煽る。
「どうやいびん?」
飲みきった後に喉を抑えて俯く凛さんに問うと、眉根を寄せて呟いた。
「苦い……。
昔ほどまずくねーらんし、どっちかってぇとまーさん、と、うむう。
やしが、苦い…」
「やっぱり」
永四郎は凄いな、と微笑む寛さんを睨むようにして凛さんは呟く。
「永四郎や、じゅんにわざとまずく作ってたんばぁ?」
「しんけん」
ふわりと笑う寛さんの言葉に、凛さんは震えながら拳を作った。
「いちか死なす…!」
そして、その拳をテーブルにたたき付けたのだった。
「凛さんや、じゅんにゴーヤー苦手なんですね」
「得意なヤツぬ気が知れんさぁ」
「まぁ気持ちは解りますけど」
クスクスと笑うと、凛さんは難しそうな顔をした。
「なんてちらしちょるんばぁ、凛?」
裕次郎さんの言葉に、凛さんは別に、と呟いたのだった。
翌週お店に顔を覗かせたら、メニュー欄に綺麗な文字で、「ゴーヤースムージー」と書かれていた。
たまたま、時間が空いた日があった。
いつも島宝に行くのとは違う曜日で、いつもだったら仕事の日。
どうしようかと思って。
暇な1日をどうしようか悩んで。
気付けば私は島宝に足を向かっていた。
「めんそーれ!」
扉を開けると、いつもと違う声がして、私は漸く気付いた。
昼間は、私の知らない人がメインだっていう事に。
「あり、ひなさん?」
その中で、唯一聞いたことのある声が聞こえた。
同い年の浩一君だ。
ちょっと心許ない気持ちになったが、知っている人がいると安心して息を吐いた。
「浩一君、久しぶりやいびん」
「じゅんに。
元気やたん?」
「でーじ」
にこにこと笑う浩一君に、笑って答える。
「新垣クンの知り合いですか?」
眼鏡を掛けた人が、私たちを見比べる。
ピシリと背筋が伸びている人で、なんだろう、先生を前に下学生の気分だ。
「永四郎先輩、あらんくて…例の、凛先輩の」
「あぁ、貴女が“ひな”さんですか」
ん、どうやら私は噂されていたらしい。
「はじみてぃーやーさい、金城ひなやいびん」
「俺は木手永四郎です。
この店のオーナーをやっています」
聞き覚えがある名前だな、と思って、気付いた。
「…あ、ゴーヤースムージーの“永四郎”さんですか?」
「えぇ、そうですが」
「ゴーヤースムージー、でーじまーさんかったやいびん」
「あぁ、ありがとうございます」
笑った表情に、凛さん達が言う黒さが見えなくてびっくりした。
暫く話していても黒さは解らなくて。
私は気付けば唸っていたらしい。
「どうしたんですか、唸って」
不思議なモノ…否、可哀相なモノを見る目で呟かれた。
その目を見て一瞬おや、と思うが自意識過剰かもしれない、と思い直して考えていることを告げる。
「いや、凛さん達が、永四郎さんやまぶやーってあびってたやいびん。
やしが、全然まぶやーくねーらんから、びっくりして…」
「まぁ、今更彼らが何を言ってても驚きませんがね」
ふぅ、とため息をついたところを見ると、今までにも散々言われているらしい。
苦笑すると、永四郎さんはやっぱり優しく笑う。
「くまーぬ人や、じゅんに優しいさぁ」
「…それは、嬉しい言葉ですね」
あれ、営業スマイル?
やけに綺麗な、さっぱりとした笑顔を向けられてまたおや、と思う。
「ぬーが、引っ掛かりますか?」
「いえね、平古場クン達も含まれてるのかと思うとうんざりするだけですから。
気にしなくて結構ですよ」
その言葉に苦笑しながら、私はしっかりと心に刻み付けた。
この人は、確かに凛さん達の言う通りなのかもしれない、と。
その後、慧さんや知弥さんとも話して、私は帰路についた。
永四郎さんを店長に、経理担当の知弥さん、料理担当の寛さん、慧さん。
製菓担当の浩一君、アルコール担当の裕次郎さんに凛さん。
この7人だから、島宝はこんなに温かいんだ。