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二月、バレンタイン直前のある日、会社で聞いた同僚の言葉に、私は気持ちを微塵も隠さず表情を歪めた。
「え、しんけん?」
私の反応を受け流しながら彼女は頷く。
「しんけん。
朝会ぬ後、部長から女性社員んかい話があるとうむう」
「えー、じゅんにやだ!
部長、自分が恋人んかいあげたいだけあんに?」
「九十%ね。
建て前が欲しいだけさー」
お互い目を合わせてから、小さく溜め息をついた。
あと幾日もないというのに。
今年のバレンタインは関わらないと思っていただけに、面倒臭さは倍増だ。
「って、今年、バレンタイン日曜あんに?」
「やくとぅ作るって話」
あー。
同僚の言葉に納得してしまって、私は涙が出そうだ。
本当に面倒臭い。
「…溶かして固めるだけ」
「わんも。
アラザンおまけにして」
「やさ」
お互い目を合わせて、今日何度目か解らない溜め息を付いた。
その日の夜、島宝に行く曜日。
私は材料を買ってから島宝に向かった。
「めんそーれ!」
カランコロンと相変わらずのドアベルに、皆の優しい声に疲れが取れるような気がした。
「めんそーれ、ひなちゃん」
傍にいた裕次郎さんに言われて、お邪魔します、と笑った。
当たり前のように空いていた指定席に座って、メニューを開く。
「寛さん、ちゅーぬオススメって何かあります?」
聞くと、寛さんは微笑みながら答えてくれた。
「じゃあうりと、凛さんオススメぬカクテルで」
「わかったさぁ。
酒は、なますぐ?」
「食後で」
長居しようと決め込んで来たから、お酒は後だ。
そもそもそんなに強くないから、空腹時に飲むと失敗する確率が上がる。
今日はどんなお酒かな、なんて今から待ち遠しい。
取り敢えず、寛さんに今日のレシピのコツも聞かなくちゃ。
「隣ゆたさん?」
ご飯を食べてると、凛さんが声をかけてくれた。
「うー。
やしが、仕事やいいんですか?」
クスクスと笑いながら聞くと、凛さんはムキになったように休憩!と言った。
「ちゅーやどんなお酒ですか?」
トス、と音を立てて座った彼に、私は問う。
「出てくるまでぬお楽しみ」
「えー」
不満をぶつけてみると、凛さんは楽しそうに笑う。
「やー、あまり酒強くないあんに?
薄めに作るから、楽しみんかいしとけ」
あ、私が弱いの気付いてたんだなぁ、と思いながら、その事が嬉しくて私は笑う。
「にふぇーでーびる、凛さん」
「ひなや大事なお客様、やさ。
まーさんぬ作るさぁ」
そう言いながら、凛さんは寛さんが作ったまかないを受け取った。
それがあまりにも美味しそうで、私はつい目を見張った。
「くり、じゅんにまかない?」
「おー」
「美味しそう…」
呟いた私に、一口食うか、と食べ物を掴んだ箸を向けられた。
その箸と、端に積まれたおかずと、凛さんを見比べて私はポカンと口を開けた。
あーんをしろと?
思考停止のフリーズ状態になった私を、凛さんは不思議そうに見ていた。
「凛、付き合い始めたぬか?」
その様子を見ていた寛さんに問われて、凛さんはいや、と否定する。
「…うり、女性としては悩むくとぅだとうむうんやしが」
そう言って、寛さんは箸を指差した。
それを目で追う凛さん。
意味に気づいたのか、目を見開いた。
「わ、わっさん、ひな!」
顔を真っ赤して慌てた凛さんを見て、私は漸く思考が動き出した。
「い、いえ…だいじょぶ、やいびん」
どうにかそう返して、こっそり頬を抑える。
熱を持ってる。
多分、凛さんに負けず劣らず赤い顔をしているのだろう。
少し恥ずかしくて、視線を逸らした。
凛さんはうり、と今度はお皿を差し出してくれて、私は気付かれないように笑った。
「頂きます」
自分の使っていた箸を使って、一口貰う。
見た目通りの美味しさに、凛さんの優しさに、頬が緩んだ。
その後はお酒を美味しく頂いて、私は帰り支度を始めた。
凛さんは裏に行ってしまって今日は挨拶は出来なさそうだけど、まぁしょうがない。
こんな日もある。
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
裕次郎さんにそう言って、会計を済ませる。
「ひなちゃん、くり」
そう言って差し出されたのは、可愛い小さな袋だ。
「…くりや?」
「バレンタインあんに?
来てくれたお客さんにあげようって話してやー。
ひなちゃんにも」
そう言って、裕次郎さんははい、とまた差し出す。
それを受け取って、ありがとうございます、と笑った。
「作ったぬや浩一君ですか?」
聞くと、裕次郎さんは楽しそうに笑う。
「せーかい」
「やっぱり。
浩一君に、にふぇーって伝えてください」
「おう!」
裕次郎さんの返事を聞いてから、私は店を後にした。
扉を閉めて、荷物を持ち直して歩き出す。
帰ったらやることを考えながら空を見上げた。
「ひな!」
凛さんの声が聞こえて、私は慌てて振り返る。
「凛さん、どうしかしましたか?」
「いやっ、うぬ…」
「わん、忘れむぬしました?」
言いづらそうに言葉を詰まらせる彼に私は首を傾げる。
前科があるので聞いてみると、彼は頭を振った。
「いや、してないんどー」
じゃあ、どうしたのだろう。
そう思って凛さんを見つめていると、凛さんは小さな袋を差し出した。
「お店ぬバレンタインぬですか?
裕次郎さんからもらったんですけど…」
「あらん!
くり、や…わんから。
わんが、浩一んかい作り方聞いて作ったんばぁよ」
「あいっ」
彼の手にある袋を見つめて、今度は彼を見つめる。
「いいん、ですか?」
「おー」
受け取って、両手で掴む。
「にふぇーでーびる、凛さん!」
凛さんはふわりと笑った。
温かすぎて、どうしようもない。
島宝が、凛さんが、大好きだ。
帰ってから、裕次郎さんに貰ったチョコを頬張る。
流石浩一君。
とても美味しい。
今度作り方聞こう。
次に、凛さんに貰った方を眺める。
どうしよう。
ちょっと勿体無いかな…。
でも、このままにして食べられなくなっちゃう方が勿体無いし。
そもそも、失礼だ。
私は包みを開いて、しっかり目に焼き付けてから頂いた。
浩一君のと比べると、残念かもしれない。
でも、それ以上に美味しく感じる。
幸せだなぁ、なんて思って、お返しをしたくなった。
取り敢えず今日はもう遅いから明日感謝のメールを送るとして。
どうしよう。
会社用の簡単なチョコだなんて失礼すぎる。
そう考えてから、私はふと思いついた。
そうだ。
これ、バレンタインじゃん。
「お返しや、ホワイトデーやっしー」
取り敢えず一ヶ月の猶予に、私は心から安心した。