5
お風呂を貰ってから、眠るまでは愼の部屋にいた。
漫画を読みながら学校の話をしたり、テレビの話をしたり。
愼と私は着目点が違いすぎて中々会話が尽きない。
「ふ……ゎ」
日付が変わる頃、愼が大きな欠伸をしたのをきっかけに、私達は眠ることにした。
「ゆくいみそーれ、ひな」
「ん、おやすみ、愼」
挨拶をしてから布団に潜ると、すぐに隣から寝息が聞こえる。
まさかのおやすみ三秒に笑いを堪えるのが大変だった。
笑いを収めたあと、静かな部屋に息を潜める。
今日は一日賑やかだったから、少し寂しく感じた。
「…ふぅ」
一息ついてから、窓の外を見つめる。
なんてことない、いつもの愼の部屋から見える景色だ。
いつもと違うことは、珍しく暗闇の中見ているってことくらい。
そういえばカーテンしてない、と思って布団から出て、閉じようとする。
その手が止まったのは、低い位置にあった、やけに大きな満月だった。
「うわぁ…」
珍しい月に、思わず声を上げた。
いてもたってもいられなくなって、私は静かに窓を開けて外に出た。
同じように静かに閉めて、縁側に座って改めて月を見る。
こんなに月を見たのは初めてかもしれない。
そう思うくらいに、私は長い時間月を眺めていた。
ふいに、涙が零れた。
悲しくなんかないはずなのに…。
否。
きっと、今日一日、私は気を張っていたのだ。
平古場家はあまりに賑やかで、明るくて、温かいから。
家族構成も雰囲気も文化も全然違うのに、家族を思い出すから。
だから、だ。
ガタ
ふと、隣の窓が開いた。
見えた頭は金色をしていて、ほっと肩をなで下ろした。
顔を見られる前に、涙を拭う。
「うるさかった?凛君」
現れた人物に問えば、彼は頭を振った。
「そんなくとぅないんどー」
ふっと目尻の下がった笑顔。
どうしたんだろう、と思ってると、凛君は素足で庭を歩いて、私の隣に座った。
「足、汚れちゃうよ!?」
慌てて言うと、凛君は大丈夫、と笑う。
「…眠れないんばぁ?」
空を見上げながら問われた言葉に、小さく頷く。
「月が綺麗だったから」
半分は本当。
でも、こんな時間まで起きてたのは、愼と話していたのと、泣いていたから。
「そっか…。
わん、空とか海とか好きなんばぁよ」
「うん、そんなイメージ」
凛くんとはあまり二人で話す機会はない。
だから彼の好きな物を聞いたのは初めてだったが、それはイメージ通りの好みだった。
「見てると、落ち着くあんに?」
「落ち着く?」
「そう。
空と海は、壮大で、わったーぬ悩みなんか見て見ぬ振りで、辛くなる。
やしが、一通り泣いたら、わったーぬ悩みなんてちっぽけに思えてくるさー」
凛君は一度深呼吸してから、私の手を握った。
「やてぃん、泣きたいときや泣くのが一番さー」
言葉をきっかけに、私の目からは涙が溢れた。
凛君は決して私の方を見ないで、ずっと手を握ってくれていた。
「…うん。
ありがとう、凛君」
手に凛君の温かさと優しさを感じながら、私は気の済むまで泣いた。
ただ隣にいてくれる、それだけの事が今の私にはこれ以上ないくらいに有難かった。
次の日、少し寝坊して起きて、愼と遊んだ。
ウィンドウショッピングをして、お昼も食べて、またぶらぶらして、今はお茶をしてるところ。
「やしが、あにひゃーぬくとぅ信じたわんがふらーってくくるから言えるさー…」
絶賛愼の彼氏の愚痴炸裂中。
「でも、好きなんでしょ?」
「……好き、かー」
悩んだ風に呟く。
「好きって、難しいとうむうんやしが…」
「え?」
思わず呟くと、愼は困ったように笑う。
「好きでも、ムカつく時だってあるし、相容れないくとぅだってある。
そういうくとぅが重なると、じゅんに好きなのか、わからなくなるあんに?」
愼の言葉が、理解できなかった。
私はまだ付き合ったこともないし、恋をしたこともない。
ただ好きだと思える人と、いつかは過ごしたい、なんて。
そんな曖昧な考えしかなかった。
「愼は、いろいろ知ってるなー…」
思わず呟くと、愼は目をぱちくりとさせた。
「あいっ?」
「私、自分の考えが幼いって、愼と話してるといつも思う」
「それ言ったら、私だってひなは大人だなってうむうし、あんまー達はいつもひなを見習えって言うさー」
愼の言葉に、今度は私が目を瞬かせた。
「わたしが、おとな?」
つい漢字で発音する事も忘れて呟く。
すると、愼は何度も頷く。
「いつも、ホントにいつも。
いい加減にして欲しいくらいさー。
ひな、あんまー達ぬ前でテキトーに過ごしてほしいんやしが!」
「いや、そんな事言われても……」
無茶言うな。
そう言うのを堪えて言葉を濁す。
愼は大げさに溜め息を吐いて、肩の力も抜くが、すぐに気を取り直すように首を振る。
「そういえばさ、凛が比嘉中受けるみたいなんばぁよ」
「え、本当に?」
ちょっと意外なような、そうでもないような。
あ、でも転入した時に見学に来た的な話してたっけ、と思い出した。
「あんなに嫌がってた癖に…。
正直な奴」
はぁ、と大袈裟な溜め息。
意味が解らずに首を傾げるけど、愼は悪態を付くのに忙しいらしくて気が付かない。
「でも、凛君も愼が居ると安心するんじゃないかな?
だからじゃない?」
それなりに考えてから呟くと、愼は再び溜め息を吐いた。
「普通わんが居るから嫌がるんさー」
「え?」
「姉弟と一緒なんて、先生とかの的になるだけあんに?」
そこまで説明されて、漸く意味が理解できた。
確かに、凛君はそういうのを嫌がりそうだ。
愼は、気にせずに寧ろ凛君をいじり倒しそうだけど。
ひと月で植え付いた愼のイメージに、愼に気付かれないようにくすりと笑った。
愼はドリンクをお酒のように煽って息を吐いた。
「愼」
「ぬー?」
…愼と友達になれてよかった。
「んーん、なんでもない!」
「変なひなー」
ケラケラと笑う愼につられて、私も笑った。