5
数日後、土曜日の事だった。
俺はいつも通りキャンバスに向かっていて、ひなは……多分、居間で発声練習中。
ひなの声を聞きながら描くと、伸び伸びとした、良い絵を描けると思う。
だから、俺にとってこの時間は随分と幸せな時間だった。
そんな幸せの中、けたたましい音が響いた。
久しぶりに聞く、家電の音。
ひながすぐに取ったかと思うと、凛ちゃんっ、と叫ぶ声が聞こえた。
何かと思って、慌てて居間に向かうと、ひなは慌てた様子で受話器を俺に渡す。
同じく慌てて受け取って、
「た、たーが?」
と聞くと、ひなは、
「大橋さん!」
と言った。
俺は受話器を見つめてから、深呼吸をした。
「も、もしもし?」
受話器を耳に当てて問うと、大橋さんがこんにちはー、と間延びした声で言ってきた。
「こ、こんにちは。
どうかしましたか?」
『うん、さっき会議終わってねー、決まったわよ』
「……どうなりましたか?」
恐る恐る聞くと、電話の向こうで、ふっと力を抜いた音がした、気がした。
『忙しくなるわよ』
そう言った大橋さんはとても嬉しそうで、俺もつい笑みが漏れた。
俺の顔を覗くひなにも、ふわりと笑みが溢れた。
契約金その他諸々の話や、これから先の話……つまり、今後のひなのCDのジャケの事だ。
その話を終えてから、大橋さんは言った。
『アーティストとかのジャケやって有名になるイラストレーターは多いらしいから、平古場君も売れるかもねー?』
半ばからかうようにして言われた言葉に嬉しさ半分、悔しさ半分。
あれか、親の七光りならぬ妻の七光り。
プラスに言うならば内助の功か?
つまりはひなの力であって俺の力ではない。
『あ、平古場君は考えそうだから言っておくけど、ひなの旦那さんのだ、とは言ってないからね』
「はい?」
思わず、聞き返した。
『きっかけはまぁ、ひなだけど、実力は平古場君、貴方のものよ。
そう言うこと』
なんか、俺、読まれてるなぁ、なんて思ったら、もう苦笑しか出てこなかった。
「ありがとうございます、大橋さん」
『いえいえ!
ひなによろしくね』
そう言って、大橋さんは電話を切った。
「凛ちゃんっ、どうだったんばぁ?」
「おー、使って貰えるらしいさぁ!」
じゅんに!?
そう言って喜ぶひなが愛しくて、俺は力一杯抱き締めた。
「にふぇーでーびる、ひな!」
言っても言い切れないくらい、感謝してるよ。