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中学の前で再会した降谷くんはその日、ちょうどお休みだったらしい。
あたしの家で話でも、と言われたので昼時ということもあるし買い物をして帰ることにした。

「っていうか降谷くん、スーツですよね。
仕事じゃないんですか?」

道中思わず聞くと、休みだよ、と返される。

「職場に泊まった帰りだからな」

なるほど。
把握した。

「…楽な格好に着替えてきます?」

そう言うと、彼はぱちくりと瞬きをした。

「え、なに?」
「いや、一度帰ってから会いに行ってもいいのかと思って」

話すこと前提みたいな態度を真っ先にしてきたのに、そこ疑問に思うの?
何言ってんの、という態度を感じ取ったのか、彼は半眼になる。

「…着替えてくる」
「いってらっしゃい。
お昼、何食べたいですか?」
「…ひなが作ったもの」

世のお母さんが怒るリクエストだ。
心中ため息をついてから、了解の意を示した。



パスタの材料を買ってから家に帰る。
あまり早く作っても仕方ないので軽く掃除をして待っていると、存外早くインターホンが鳴った。

…っていうか、一度しか来たことないのによく部屋番覚えてたな。

家にやってきた彼は、黒のライダースに白のトップス、ジーパンというラフな格好だった。
シンプルに似合う。
羨ましい。

ソファに座ってもらって、調理を始める。
ポアロでは彼が作っているのを待っていたから、なんとなく変な感じがする。
さっと作り終えてから、配膳しようと振り返ると、彼は家族の位牌に手を合わせてくれていた。
その姿があまりにも美しくて、ドキ、とした。

ただの同級生、なのに。
安室さんとの関係だって、友人とすらいえない知人でしかなかったのに。
彼は、どうしてあたしとの時間を作ろうとしてくれたんだろう。

「お待たせしました」

配膳を終えてから声をかけると、彼は位牌に向けて頭を下げてから振り返った。

「…ありがとうございます、手合わせてくれて」
「いや…」

彼はなにか言葉を紡ごうとして、口を閉じる。

「…僕も、両親を亡くしてて…」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、何年か前に」

ご愁傷さまです、というタイミングでもないような気がして口ごもっていると、彼が困ったように笑った。



二人で手を合わせて食事を始める。
美味しい、と言ってもらえたけれど、絶対に降谷くんは自分で作った方が美味しい。
複雑な思いでお礼を言った。

食器を片してコーヒーを入れる。
ローテーブルを挟んで向かいに座ると、彼がじっとこちらを見てることに気付いた。

「なんですか?」
「…なんで敬語なんだ?」

なんで、と申されましても。

「…ポアロで再会してから、ずっと敬語でしたよね?」
「それは、安室透だと思っていたからだろ」

それはそうだけど。

「ため口、で…いいの?」

そう聞くと、彼は頷いた。

「わかった。
…あたしからも、ひとつ聞いてもいい?」

もう一度頷いた彼を見てから口を開く。

「…降谷くんって呼んでいいの?」
「あぁ。
もう、安室透はいないから」
「…うん、わかった」

彼がどんな仕事についているのか、どうして安室透としてポアロにいたのかはわからないけれど、きっとその説明をあたしにするつもりはないのだろう。

じゃあ、なんでこの人は、あたしの前に再び現れたんだろう。
安室透であったことを否定するわけでもなく、降谷零として、また出会ったのはなんでだろう。
手持無沙汰で、コーヒーを飲もうとカップを手に取る。

「僕からも聞いていいか?」
「なに?」
「…犬助けた覚えはないんだが」
「ごふっ」

丁度口に含んだコーヒーを吹き出しかけた。
まだ安室さんと出会って間もない頃に、誤魔化すように言った言葉だった。
こほ、と咳き込んでいると、向かいから手を伸ばして背中を撫でられる。
流石、大きいだけのことはある。
小さいとはいえローテーブルを挟んで向かいに座るあたしの背中を撫でるとは。

「そ、それは…」
「それは?」

正面から探るような目で見てくる。
学生当時はあまり降谷くんと話したことがなかったから、彼の動作や態度を直接受けるのはあたしにとっては新鮮だった。
そしてその視線が痛くて、あたしは視線を逸らした。

「…そんなこと言ったっ」
「言った」

け、と誤魔化そうとしたが食い気味で返された。
せめて最後まで言わせてほしかった。

「うぅ…。
意地悪だ」
「知らなかったのか?」

思わず呟くと、間髪入れずに返された。
しかも鼻で笑われた。
くそう。
安室さんとして会っていた時にはなりを潜めていたやんちゃが表に出てきている。
安室さん要素ゼロだ。
昔から変わりない、降谷くん要素しかない。
自分がイケメンだと思って。
本当にずるい。

「…片思いしてたのに、理由なんてなかったよ」

両手で顔を隠しながら呟く。

「ただ、降谷くんがいる空間が、空気が居心地がよかっただけ」
「あれだけ、自由にしていた僕の?」

今更そんな質問されたって、好きなものは好きなのだ。
現在進行形の言葉にしないように気を付けて、あたしは呟く。

「…そんなこと言われても…好きだったんだから、どうしようもないじゃん」
「それは、過去形なのか?」

正面から聞こえていた声が、唐突に横から聞こえた。

「え?」

ぱっと顔を上げると、ちょっとよそ見をした瞬間に、降谷くんは真横にいた。
え、いつ移動したの?
がっちりと掴まれている左手首はびくともしない。
え、力、強。

「ふるや、くん?」
「僕のことが好きだったのは、昔だけ?」
「…なん、で…そんなこと、聞くの?」

この人は頭がいいのか、悪いのか。
嫌いだったら、なんとも思ってないんだったら、自分の部屋になんて招くわけないでしょう。

降谷くんの空いてる左手が、あたしの頬を撫でる。
怖いくらいに優しい手つきで、壊れ物を触るような仕草。

思わず目をつむると、その手は顎に移動して上を向かされた。
唇に触れたそれは、軽いリップ音を立てて離れた。
思わず目をかっぴらいで距離を取ろうとするけれど、手首にあった手はいつの間にか背中に回っていた。

「な、」

二の句が繋げなくてぱくぱくと口を開閉していると、金髪の向こうにあるブルーグレーの瞳が強気に光った。

「僕が君のこと好きだからだよ」

なに、このひと。
ずるい。

「そんなの、」

そんなの、あたしだって好きだもん。
そう呟いたら、また触れるだけの可愛いキスをされた。

「なぁ」
「なに?」
「僕は、君のシリウスになれたかな」

あの時、勧めた小説のヒーローの名前だ。
現実にいてほしいと、願ったヒーロー。
あんな、些細な会話も覚えていたのか。

それが嬉しくて、ぎゅう、と彼を抱きしめる。
その胸板の中で、こくりと、頷いた。