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祖父母の家のそばに、寺はあった。
祖父母の家も燃えてしまっているので、この辺りに来るのはお墓参りの時だけだ。
今日は父母の命日が近かったのだ。
住職に挨拶をして、掃除をして、花を活けて、手を合わせる。
父母、祖父母の命日頃にお盆。
仕事を始めてからは年に三回ほど来ているが、来るたび汚れてしまうのは野ざらしな限り仕方がないのだろう。

「…また来るね」

そう声をかけて、あたしは立ち上がった。
その時、別のお墓の前で祈っている、イケメンがいた。
ポアロでの印象しかないから、基本的に私服のイメージだったが、今日はスーツを着ている。
落ち着いたグレーは彼の容姿によく似合っていた。

瞑っていた目を開いて、合わせていた手を離した彼があたしを視界に入れて、ぱちくりと瞬きをした。
こんなところで会うとか、どんな巡り合わせだろう。

「昨日ぶりです」

そう声をかけると、そうですね、と笑う。

「ご家族のお墓ですか?」

名前が見えない位置からの声掛けだったのでそう問うと、いえ、と頭を振る。

「友人ですよ」
「そうですか…」
「二城さんは、ご家族ですか?」
「はい」

なんとなく、黙ってしまった。
暫く、風のそよぐ音を聞いていると、びゅう、と突風が吹く。

「くしゅん!」

思わずくしゃみをすると、彼がからからと笑う。

「二城さん、今日はこの後予定ありますか?」
「いえ…」
「では、夕飯一緒にいかがですか?」

昨日の今日で誘われてしまった。
明日は予定もないし、部屋の片づけも家を出る前に済ましてきた。

「ぜひ、お願いします」



安室さんの優し気なイメージとは裏腹に、超絶かっこいい車でオススメだというお店まで連れて行ってもらう。
可愛い洋食屋さんで、どうやら簡単なコース料理なんかも出るらしい。
車なのでアルコールはなしだったが、そんなものは関係ないくらいに楽しかった。
あの安室さんオススメということもあり、料理も文句の付け所がない美味しさでいい時間だった。
でも今、正直懐が心配です。
デザートも頂いた後で、コーヒーを飲む。
あたしはブラックが飲めないから紅茶だ。

「そういえば、あの小説…」

『レモンが香り、』。
昨日安室さんが購入した小説だ。

「え、もう読み終わったんですか!?」
「いえ、流石に。
今半分ほどです」

それでも半分は読んだんだ、と超人はどこまでいっても超人なのだなぁ、とよくわからない感動を覚えた。

「ウミの突拍子もない感じが面白いですね」
「そうなんです!
シリウスのダークさをかっさらうあのわりと力業入ったような感じ、いいですよね!」

地の分がシリウス…ヒーローの心情を描く作家の癖のため、全体的に陰鬱になりやすい。
ウミ…ヒロインの圧倒的陽の雰囲気は作中の救いだ。
きっと、シリウスもそういうところに救われたのだろう。

「不思議なくらいにここぞ、というところでウミがやらかすので、もしかして彼女にもなにかあるんじゃないかって思ってるんですが…」
「あ、安室さん、それはネタバレってやつなので。
あたしは言いません」

これは既に言っているも同然だが、安室さんは殆ど気付いているだろうからいいだろう。
証拠に彼もやっぱり、と笑うだけだ。

ウミの過去にも救われない出来事があった。
でも、復讐相手もいなくて、ただやるせない思いを抱えている、そんな子だ。
なんとなく、自分と被った。

復讐相手もいない、やるせない思い。

学生の頃から好きな作家だったが、この作品は丁度火事の少しあとに発売された。

ウミに、そしてそのやるせない思いを包んでくれたシリウスに救われた。

「シリウスがかっこいいんですよねぇ…。
ちょっと粗雑というか…乱暴なところもあるんですけど、自分の決めたことに真っ直ぐ向き合ってて…」
「おや、二城さんはシリウスがお好きですか?」
「好きにならない方がおかしいですよ、こんなかっこいい人!
現実にいてくれたらいいのに」

そういうと、安室さんがでも、と言葉を紡ぐ。

「二城さんは、実際にシリウスみたいな人がいたら、遠巻きで見てしまうんじゃないですか?」

ぐ、と言葉に詰まる。
おそらくどころか確実にそうだろう。

「…でも、いてほしいです」

正直、しんどかったのだ。
両親が逝ってしまった時も、祖父母が逝ってしまった時も。
子供じゃない、しっかりしなきゃ、と思って表に出すことはなかったが、シリウスみたいなひとが傍にいてくれたらきっと楽になった部分もあっただろう。
そう、焦がれていた。

「今は、付き合ってる方はいないんですか?」
「ふふ、今どころか暫く独り身ですよ」

付き合っていたのなんて、学生の頃だけだ。
その彼氏も、祖父母の火事のあと別れてしまった。
この人と続けるのは無理だと、あの時のあたしは思ってしまった。

「二城さん、素敵な方なのに勿体ないですね」
「そういう安室さんこそ、噂聞きませんけど?」

見た目、器量だってあたしと比べたら月とスッポンといえるほど優良物件なのに恋人がいるなんて噂は聞いたことがない。

「あはは、僕は今仕事優先の生活ですからね」

どうやら、探偵業はあたしが思っている以上に忙しいらしい。

「体壊さないでくださいね」

ありがとうございます、と彼は笑みを深くした。



家の前まで送ってくれた安室さんにお礼を言って、去る車を見えなくなるまで見送る。
さぁ、明日は何時まで寝ようかな。
そう思いながら帰宅した。






気が付けば年を越して、冬真っ盛りだ。
昨日うっかり髪を乾かさずに寝てしまった代償は風邪である。
どうしても休めない打合せのため出社したはいいが、打合せが終わると同時に膝から崩れ落ちた。
会議室のソファで小一時間休ませてもらってから、帰ることとなった。
我ながら情けない。
同僚に謝罪してから、退社した。