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ポアロが調理機器の都合により唐突に休みになった。
空いた一日の予定に何を入れようか、と車を運転していると、駅前を歩く二城さんの姿が見えた。
足取りが覚束ない。

風邪でも引いているのだろうか、と思って彼女のそばで車を止める。

「二城さん、」

表に出て声をかけると、二城さんは火照った表情で振り返る。

「あ、」

安室さん、と動いた口は音にはならず、ふらりとバランスを崩す。
とっさにその体を支えるが、彼女は既に意識を手放していた。

「…さて」

どうするか。
まず、自分の家に行くのは除外として、病院か、彼女の家か。
触れた感覚から熱はかなり高そうだ。
ひとまず車の後ろに寝かせてから考える。

彼女の性格からすると、病院などの大事にするのは気を遣わせるか。
しかし彼女が住んでいるマンションは先日送ったからわかるが、部屋まではわからない。
仕方ないか、と彼女の鞄から身分証明書を探す。
財布の中にあった免許証から、マンションが相違ないことと部屋番を確認して、車を走らせた。



鞄に入っていた鍵で鍵を開けて彼女の家に入る。
独身向けの1DKで、作り的に収納は多そうだ。
1ルームは和室だがベッドが置いてあった。
流石に付き合っていない女性の服を着替えさせることはできないため、上着だけ脱がせてそのままベッドに寝かせる。

自炊するタイプらしく、キッチンにある程度のものが揃っていたからあとで粥ぐらいなら作れるか、と薬等を買いに傍にあった薬局に向かった。
まさか、たまの休みとなった日にこんな場面に出くわすとは。
そんなことを考えながら、今日でよかった、と思っている自分に首を傾げた。

再び戻って、彼女の様子を見るとまだ眠っているようだった。
お粥を作り終えてからも同様。
迷惑かもしれないが、一度目を覚ますまでは、とリビングでスマホを手に取った。

できる仕事はやってしまおうと思ったが、なんとなく部屋を見ていると、仏壇…とまでは言わないが、位牌と写真が並んでいる。
位牌の数は四つ。
写真は高校の入学式、両親と三人で映っているものと、大学の入学式、こちらは祖父母と三人で映っている。

そうか。
彼女は、僕と同じ。
大切なひとがいなくなってしまったひとなのか。

毛利家を見て、時折愛おしいような、羨望の視線を送っているのも、これが原因か、と納得する。
彼女と再会して暫く経つが、そんなことを初めて知ってなんとなく仲間意識ができた。

かと言って何か行動に移す訳ではないが、不躾な質問で彼女に寂しい思いをさせることもなくなるだろう。
そんなことを思って、僕はまた首を傾げた。

かつての同級生とはいえ、僕は何故彼女にここまで気を配る?
「安室透」として、当たり障りない喫茶店のウェイターでいられればそれで十分だ。

いや、友好な人間関係を取って、用心しておくに越したことはない。
彼女は「降谷零」を知っているのだから。

彼女がオススメだと渡してくれた小説を、ふと思い返す。
一緒に、あの時聞いた感想も。
きっと、彼女はウミに自分を重ねているのだろう。
最後まで読んでわかったが、ウミには大切な人がいて、その人が死んでいた。
本当に復讐相手のいない、いやなタイミングが重なった事故。
悲しみも大切な人を失った苦しさも、乗り越えるためには時間しかなかった。

そんな中でシリウスに出会い、腐っていた自分とシリウスの様子を見て、救われていく。
ウミに出会ってシリウスが救われたのか、シリウスに出会ってウミが救われたのか。
一般的に受ける印象は前者だろうが、彼女にとっては後者だったのだろう。
「いてほしい」と言ったのは、自分にシリウスのように、助けてくれる人が欲しかったということか。

「僕は、君のシリウスになれるかな」

意識せずに呟いていた言葉。
傾げていた首は、この感情か、と漸く自分の心の在り処に気付いた。
自分は容量もいいし鋭い方だと思っていたが、どうやら鈍感なところもあるらしい。

程なくして、彼女は目を覚ました。