惚れた弱み
小春日和、休日。
ゴロゴロと寝転がっていると、零くんに足蹴にされた。
酷いなぁ、と呟いてから、またゴロゴロと寝転がる。
数秒後、また足蹴にされた。
「いじめ?」
「何時だと思ってるんだ?」
「十一時」
時間はちゃんと把握しているのだ。
そこまで落ちぶれちゃいない。
そう時間を伝えてからゴロゴロとすると、今度はお腹の上に座られた。
「ぐえっ、重い!」
思わず叫ぶと、はは、と真顔で笑われた。
真顔とか怖すぎる。
「起きるか?」
「起きない」
みし、と音を立てて負荷が増えて、私はまたぐえ、と叫んだ。
「れーくん」
「んー?」
「今日仕事は?」
いつもなら朝から晩まで…といういより、早朝から明け方まで働いているのに、どうして休日を寝て過ごそうと思った時に限って家に居るんだろう。
起きてはいるけどスウェットを着ている彼は、特別出掛ける予定がある訳ではないのだろう。
「…うん、まぁ、色々ひと段落ついてて。
上司にも部下にも有給一日くらい消化しろと言われた」
一日くらい、ではなく、通常は年に五日は消化しなくてはならないものだ。
それを知らないわけではないのに、どうして促されるまでやらないかなぁ。
彼の仕事の詳細は知らないが、非常に忙しく、かつ危険だということは聞き及んでいる。
大体は大怪我をした後に休んでいるイメージだが、怪我をしたからって常に休んでいるわけでもない。
私にもうまく隠してしまうので、傷が塞がってから彼の怪我に気付くことも多い。
「あまり風見さんに心配かけないようにね」
風見さんとは何度かお会いしたことがある。
基本的に零くんの私物は彼の住む家にちゃんとあるが、ウチに泊まった後などは家に置いたままだったりすることがある。
後に零くんはウチに連泊するつもりだったと供述するが、今のところ連泊出来た試しはないのだから持って帰ってほしい。
彼女の家にまで取りに来る風見さんが可哀そうだ。
「…わかってる」
声が不貞腐れたのがわかる。
頬杖を着いてそっぽ向いて、私からは表情が見えない。
でもね零くん、何年の付き合いだと思ってるの。
声でわかるよ。
「れーくん、どこかお出かけするの?」
「いや、特にその予定はないけど」
じゃあ二人で出かけられるか、というと、それはそれで彼の仕事の都合上難しい。
特別外出が好きなわけではないから特に不満はないが、家の中でやる遊びも大体やりつくしてしまった。
「あ、そうだ」
「ん?」
私がもぞりと起き上がろうとすると、お腹の上からどいてくれる。
キャビネットの中に入れていた封筒を取り出して、ソファに座り直していた零くんに渡す。
「…脱出ゲーム?」
封筒に書かれた文字を読む彼に頷いて横に座った。
「そう。
この間友達と行ってきたんだけど。
楽しかったから。
今ってオンラインでもできるんだって。
ちょっと楽しそうだから買ってみたんだよね」
脱出ゲーム自体が初めての参加で個人の力ではまともに謎は解けなかった。
が、周りの子たちと協力しながら解くのは楽しかった。
パソコンを利用した簡単なゲームらしく、イベントテンションでそのままお買い上げしてしまった。
自分一人で暇な年末年始やゴールデンウィークの長期休暇にでもにやろうと思っていたが、彼とやってみても楽しそうだ、と思い至った。
「零くんが嫌じゃなければ一緒にやる?」
「へぇ」
封筒に書かれた煽り文句を読む彼に聞いてみると、楽し気に口角を上げた。
「つまみでも作って飲みながらやるか」
…果たして、飲みながら私の頭はまともに動くだろうか。
不安は過るが、零くんが楽しそうだからいいか、と自分の意見は飲み込んだ。
軽い昼食を食べてから、つまみとお酒を準備して、ローテ―ブルを挟んで向かい合わせに座った。
「対戦…というより、協力、って感じなのか」
「そうだよ。
罰ゲームとか発生しないからね」
分かりやすく舌打ちをした彼にちょっと、と呟くと冗談だよ、といなされる。
「じゃ、脱出目指して頑張るか」
「おー!」
持っていたグラスを重ねて、私たちはパソコンに向かった。
「ひな。
佐藤の情報あるか?」
「え?佐藤?」
零くんに聞かれて、取っていたメモをバサバサと広げて、該当を探す。
「あ、佐藤いた。
佐藤の何の情報?」
「土曜日の予定」
「パチンコに行ってから喫茶店でランチ」
同じように私からは三村の予定を聞くと、零くんからその返事がすぐに返ってきた。
流石、一度得た情報は頭の中に入っているらしい。
一緒に動画見たり、別々の謎を解いたり、一緒の謎を解いたり。
向かい合わせに座るから、真剣に推理をし始める彼に思わず見惚れたり。
零くんとヒロくんが警察官を目指していたのは知っていたが、とても同じ進路には進めないと思ったし解っていた。
だから私は、彼らが仕事をしている様子を見れた試しがない。
こんな感じなのかな、なんて彼の仕事の片鱗を見れた気がして、少しにやけてしまう。
私の彼氏、かっこいい。
平均所要時間三時間のゲームは、零くんの早いスピードと私の遅いスピードを兼ね揃えて見事三時間で終わった。
「君はいらない情報に左右されすぎるな」
「いや、私の仕事警察じゃないし」
しがない中小企業の総務に何を求めるのだ。
「これ、他にもシリーズとか出てないのか?」
しかもいらん火をつけたっぽい。
二人で脱出ゲームのサイトを覗くと、同じシリーズもあれば別シリーズもたくさん販売していた。
「へー、こんなにあったんだ」
「君が買ってきたんだろ」
店頭には並んでなかったし。
そんなことを思いながら、零くんがパソコンを操作するのを眺める。
端からカートに突っ込んでいくその様に思わず目を見張った。
「ちょっと、零くん?」
「僕が払うから」
そういう問題じゃない。
「また二人でやろう」
そう言われると、否定できない。
推理をしている彼に惚れ直してしまった。
もうじき三十路だというのに、少年のように笑う彼を見てしょうがないなぁ、と呟くと、また一段と嬉しそうに彼は笑った。
惚れた弱みだなぁ、なんて、楽しそうに感想戦を始めた彼の横顔を眺めた。