行く年来る年、紡ぐ縁



年末年始。
そんなもの、警察官には存在しない。

警察学校への願書を出す前からわかっていたし、正直そこまで季節の行事というものに興味はなかった。
だから、いざ当日になっても然程気にならなかった。
それが一年続き、二年を迎え、三年四年ときてとうとう八年目だ。
三十路だ。

連日の徹夜も流石に体に響くようになってきて正直しんどい。
これは年末年始の問題ではない。
全くもって考えたくないし理解したくはないが、身体的に、なのだ。
口にしたら、多分先輩全員に刺されるから言わないけど。

この公安という部署に配属されてからはそれは顕著で、一年先輩の風見さんにどうにか走って走って走って、追いついているような日々だ。

急募、先輩に追いつける仕事のしかた。

そんな発言をして、同期で上司の降谷に殴られたのは一ヶ月ほど前のことだ。
風見さんは後方母親ヅラで溜め息ついてた。
悲しい。

さて。
こんな話題が出たってことは当然今現在は年末年始真っ最中、大晦日の夜を終え、元旦の朝を迎えようとしているわけだ。
公安としては、細かい巡回等の業務がある訳では無いが、こんなA happy new yearで明けましておめでとうな日にも、組織ぐるみで悪いことを考える奴らはいるのだ。
悲しい。

こんな奴らが居なければ、非番とまでは行かずとも、庁舎で来るか来ないか分からない招集を待ちながらカップ麺をつつくぐらいは出来たかもしれないのに。
こんな奴らがいるお陰でこの寒空の下、私たちはあったか〜い缶コーヒーを買ったにもかかわらずつめたーいになる一方の缶コーヒー片手にビルの屋上から隣のビルを睨んでいるのだ。
あったか〜い甘酒に変わらないだろうか。
悲しい。

「これだけ悲しいことがあるなら、少しは楽しいことがあってもいいと思うんです」

ビルの屋上、寒空の下、雲にかかった月の輝く様が綺麗だ。
元旦ということもあって厳かに見えなくもない。
そんな空を見上げながら呟くと、降谷に観察対象を見ろ、とお叱りを受けた。
本当に悲しい。

この仕事が嫌なわけではない。
やり甲斐はあるし、事が成せた時の達成感は他のなにものにも変え難い。
降谷の潜入捜査が終わり、当たり前に現場に出るようになってからは今まで以上に学ぶことばかりだ。
不満なんて、何もない。

ごめんなさい、嘘つきました、今すぐあったか〜い甘酒とあったか〜いオフトゥンを所望します。

「季節のイベント、そんなに気にするタイプだったか?」

私たちが教場で共に過ごした半年間は、あまり季節のイベントのない時期だった。
お盆とか、親族以外で居ても…ねぇ?
降谷の覚えが悪いことも仕方ないだろう。

「いえ全く」

降谷とは、勤務中は敬語、勤務外はタメ口を貫いている。
実際降谷にもそうして欲しいと言われていた。
二城以外、もう、気軽に話してくれる人間もいないから、と。

彼があの教場で仲の良かった者たちは皆既にこの世になく、その事実は同じ教場で過ごした私の心臓もしっかりと抉っていた。
傷を舐め合う訳ではない、が、二人でいるとどこか辛く、どこか楽だった。

「じゃあ二城は何が不満なんだ」

不満と言われると、困る。
今この瞬間の職務状況(寒さ)以外に本格的な不満は無い。

「高校の同級生、何年か前に結婚したんですよ」
「…いきなりなんだ」
「もうひとり仲のいい同級生も、年もう変わったから…、去年、結婚したんですよ」

次の言葉に降谷さんからの返答はなかった。

「先に結婚した子は去年第一子を妊娠出産しました。
我が事のように嬉しくて出産祝い奮発したら金を出しすぎだと怒られました」

友達のお子にひなちゃんって呼んでもらって、お母さん抜きでも一緒に遊べるようなお友達になりたいなぁ、と呟いたらホゥ、と適当に返された。
あ、私の話しちゃんと聞いてないな、これ。
そうわかったけれど、どうせ元々話すつもりもなかったのだ。
そんな状態の相手に話しても大差ないだろう。

「特に結婚願望も持ち合わせていなかったので、友達の結婚と出産の話を聞いた時も羨ましいということもなく純粋に嬉しかったんです。
でも、ふと、私は死ぬまで独身なのかなって思っちゃったんですよね」

婚期が遅れる覚悟は、警察になると決めた時にした。
子供も厳しくて、一生独身かも、という覚悟も、公安に配属された時にした。
それでも、友人が幸せになる姿を目の当たりにして日和ったのだ。
私が今守りたいこの日本にある当たり前の日常の幸せは、私に訪れることはないのだ、と。

幸せという絵画を、映画を、物語を、木枠の外から俯瞰して見ているだけの私に、一体何が成せるというのだろう。

どこまで言葉にしたのかわからない。
何も音にしてないかもしれない。
ただ、降谷は横で観察対象を注視しながら時折頷いていた。

「この日本に溢れている当たり前の日常も、当たり前の幸せも知らない私が、一体何を守れるんだろう」
「二城、行くぞ」

私のなんて事ないボヤキに答えるように観察対象が行動を始める。
お前の悩みなんて関係ない、働け。
そう言われているようで、私は気を持ち直して地面にくっつきそうになっていた腰を上げた。



降谷が観察対象と大立ち回りをしている横で、無力化した男たちを拘束していく。
後から現地に到着した同僚に身柄を受け渡しつつ、最後の一人がノックアウトされたのを見届けた。

あの可愛い顔が得意とするのがボクシングなのだから中々神様も趣味が悪い。
ギャップがお好みかな?

私自身が肉弾戦を行うことも当然ある。
自分で言うのもなんだがそんじょそこらの男性には負けない自信はあるし、棒状のものさえ持たせてもらえれば基本的に負ける気はしない。
レディースではないから安心して欲しい。
ちょっとばかし本気で剣道に打ち込んでいただけだ。
剣道だけなら降谷にも五分で勝負できる。
経験もなかった癖に、半年で追いつかれて枕を濡らした夜は数知れずだが、今となってはそういう男なのだと理解して飲み込むようにはなったけれど。

まぁそんな私ではあるが、捕獲対象がそこまで大人数でなければ、乱戦となって仲間を気遣うよりも一人でやった方が早いと降谷が言うので、降谷が前線にいる時は私はもっぱらサポートだ。

同僚に受け渡し終われば、今日の仕事は終わりだ。
帰って録画した紅白でも見て年末気分と新年気分を味わおうかな。

そんなことを思って、片付け忘れがないか確認していると、横に降谷が立っていた。
なにか洩らしただろうか、と思って頭一つ分違うその顔を見上げると、頬を指で書きながら彼は呟く。

「初詣、行くか」

どうやらプライベートなお話らしい。
ならば敬語入らないか、といいね、と答える。

「仕事は大丈夫なの?」
「あぁ」

時刻はてっぺんを超えてだいぶ経つし、そう長く並ぶこともないだろう。

「元旦の初詣とか、久々!
行こ、降谷!」

彼の腕を引いてビルを抜け出すと、相変わらず少し雲に掛かった月がぽっかりと灯っている。

「流石に元旦だと人も多いな」
「ね、皆楽しそう。
いつもと変わらない夜なのに、元旦ってだけで特別な感じするよね」

そうだな、と頷く降谷の表情はいつもよりもどこか柔らかい。
誰にも伝わらないけど、誰にも気付かれないかもだけど、この笑顔を守ることに一役買っているのだと思えるとどこか誇らしい。
この国が平和に信念を迎えられたことが、嬉しかった。

「降谷は何見るとお正月って感じる?」
「この時間に家族が笑い合ってるの見ると、かな」
「わかる!」

恋人や友達、様々な過ごし方があるが、家族という単位はやはり特別に思う。
他愛ない話をしながら近くの神社に行って、お参りをする。
降谷の蘊蓄は聞いていて楽しいので好きに喋らせておく。
彼も話すのが好きな質だから問題ないだろう。

相手に気を使いすぎず、自然体でいられる相手は貴重だ。
お互いが、お互いのそういう立ち位置なのだと分かってからは、一層気遣いはなくなった。

お参りを終えて鳥居を潜る。
二人で振り返ってから一礼をして、帰路に着いた。

「んーっ、昼から仕事かぁ」
「いつも通りだな」
「降谷は休める時に休みなよ。
普段休みゼロなんだから 」

暗に無理に庁舎に来るなと伝えるが、表情から察するに無駄そうだ。
明日も庁舎で会いそう。
貴方の非番はいつですか?私は五日です。

少し無言になって、十数メートル歩く。
無言も気にならない相手も貴重だな、と思う。

「なぁ」
「んー?」
「やってみるか」

なにを。
そう思って彼の顔を見上げると、気まずそうな、でも、真剣な表情だった。
あまり見ない表情に、見ちゃいけないものを見たような気分になって、私はどもりながらなにを、と聞いた。

「この日本に溢れてる当たり前の日常と、当たり前の、幸せ。
僕とお前の、二人で」

私がぼやいた、なんて事ない心のわだかまり。
それを、私と降谷の、ふたりで?

「…それ、は…どんなつもりで、言ってるの?」

お試し?
慰め?

それとも、

「ずっと、好きだった」

ダイレクトな告白に思わず息を飲む。

「潜入捜査官になって自分の“当たり前の幸せ”は全て断ち切ったんだが、それも終わったしな」

降谷の潜入していた組織はあまりにも強大で、今後素顔での暗躍は難しいだろう。
彼の顔立ちはいい意味でも悪い意味でも目立ちすぎる。

「本気で、言ってる?」
「僕が冗談でこういうことを言うと思ってるのか?」
「いや、全く」

降谷がそういう冗談を言わないことなんて、出会った頃から知っている。
遊びで付き合わないことも、全部。

「俺と結婚してくれないか」
「は…え?
結婚?」

付き合うじゃ、なくて?

「二城は、僕と付き合って別れる未来があると思うのか?」

正直に言えば、ないだろう。
さっきも考えたが気遣いせず、息をするように隣にいられる相手だ。
今更あれが不満、これは不満なんて思う域は脱している。

「付き合うのは結婚までのお試し期間だろ。
そんな時間は必要ないと僕は思う」
「いや、まぁ、そうかもしれないけどさぁ…」
「結婚して、この先子供を作るとなれば当然君のキャリアに関わってくるからそこは追々相談が必要だとは思うが、君が不快でなければこのまま事務メインに移行してもらえれば僕は嬉しい」

待って。
はっきり返事をする前に話が進んでいく。
待って。

「ねぇ、降谷」
「なんだ」
「…もしかして、緊張してる?」

そう聞くと、褐色の肌とまだ暗い時間帯ということもあって分かりづらいが、その耳は確かに赤くなった。
拗ねたような表情で、待って、やばい。
降谷が可愛く見える。
いや、顔立ちは可愛いんだけど、そうじゃなくて。

「…悪いか。
これでも、八年思い続けてきたんだけど」

そう言われてしまうと、今度は私が赤くなる番だ。
鏡を見なくてもわかる、今、凄く顔面が熱い。

「…じゃあ、結婚、する?」

顔を見ては恥ずかしすぎて言えなくて、俯きながら答えると、あぁ、とあまりに穏やかな声が聞こえて恐る恐る目線だけ上げて降谷の表情を見れば、これ以上ないくらいに優しく微笑んでいて、私はまた顔が熱くなるのを感じた。

降谷って、こんな表情できたんだ。

手を取って、足早に近場の役所に向かう。
プライベートでちゃんと手を繋ぐのも初めてなんだけど、と最早頭が上手く回らない。

「婚姻届貰いに行こう。
証人は風見と…毛利先生にお願いしたいんだがいいか」

仕事が終わったら出しに行こう、とまた口を挟まない内にどんどん話が進んでいく。
いや、まぁ、いいんだけど。

毛利小五郎とは、私は直接の面識がないからわからないけど。
明日、婚姻届を見せた時の風見さんの、反応を想像して、私はひとり笑った。

「ねぇ、」

訓練速度よりも遅いスピードだから、息が上がる運動量ではない。
そのスピードを居てもたってもいられない、と言う風に足を動かす降谷に声をかけると、なんだ、と声だけが返ってくる。

「明けましておめでとう。
今年もよろしくね、零」

そう言うと、足を止めた彼が振り返って、破顔した。

「明けましておめでとう。
こちらこそ、今年もよろしく、ひな」

行く年来る年、紡ぐ縁を、これからも、貴方と。