オトモダチ



十一月七日。
当たり前の朝を起きて、仕事に向かう。
最近配属された捜査一課はかつては同期…同じ教場にいた伊達や松田が居た班で、時折酒の席で思い出話を聞かせてもらう。
あの時、教場でトップを爆走していた男はいつの間にか消え、私たちの代で主席はいつの間にか伊達ということになっていた。

誰もがおかしい、と思いながら、口を噤む。
あの男がどうなったのか。
知る人は誰も居ないけれど、察している同期は多いだろう。
特に、この警視庁に配属されるほど努力を重ねてきた者たちの中には。



午前中の聞き込みを白鳥さんとしたあと、今日は午後休みをもらっていた。
聞き込みの結果を書面にするのは彼に託して、私は落ち着いた色のジャケットを羽織る。

今までは所轄の勤務でどうしても時間が工面できず、当日には来れなかった。
午前中に大きな事件が起きなくてよかった、と一時よりも事件が減った米花町に感謝した。

縁者か、同僚か、友人か。
誰が先に来たのかは分からないけれど、向かったお寺のお墓は既に小綺麗になっており、花が生けられていた。

先に行ったのは、先に逝った方。
渋谷の月参寺でお参りをして、故人を偲ぶ。
当日に来る同期って、今どれほどいるんだろう。

「ねぇ、萩原。
私、案外アンタらのこと好きだったと思うんだよね」

五人でつるんで、いつも何かしら問題を起こしてた。
巻き込まれた、が正しいのかもしれないけど、率先して乗り込んでる時点で起こしてた、と言っても過言ではないだろう。

私は女子グループでつるんでたから、四六時中一緒にいたわけではないけど、それでも同じ教場だったのだ。
接点は多かった。

帰宅できる直前に問題起こして連帯責任で教場丸ごと外出禁止になったりしたけど。
今ではそれも笑い話だ。
…一つ下の世代には申し訳ないけど。
萩原からしたら、私なんか“女子”の枠組みですらなかったかもしれないけど。

「また来るからね」



その足で、今度は後に逝った方のお墓参りだ。
佐藤さんに聞いた、あいつが吸ってたたばこの銘柄を聞いてわざわざ買って来た。
優しいね、私。

そんなことを思いながら、煙草に火をつけてお線香の横に置く。

萩原はよく女子グループに顔を出して話していたから、接点は多かった。
松田は反対にほとんどが一人かあの五人グループで過ごしていたから、あまり会話をした回数は多くない。
とはいえ、佐藤さんや目暮警部から聞いていたこともありなぜか当時よりも親近感がある。

「あまり自分勝手やるんじゃないよ」

向こうで萩原に怒られてるだろうけど、こっちからも言わせてもらう。
教場での印象と、佐藤さんたちから聞く松田はあまりにも受ける印象が違いすぎて正直面白い。
だれ、それ?
と言ってしまいたくなる。
それでも、警察学校を卒業して、すぐに幼馴染の親友で、同期で、同僚を亡くしたのだ。
その悲しみややるせなさは私が察する以上のものだろう。

向こうで二人揃っているなら…きっと、賑やかにやっているのだろう。
その賑やかさに、あいつのことを思い出す。
松田と、萩原と、伊達と、諸伏とバカをやっていた、あの男。

「ねぇ、あんたたち、知らないの」

あいつの、居場所。



たぶん、付き合っていた。
確実とは言えないけれど。
今思えば、お互い想っていたのはわかったけど、交際についてちゃんと言葉にはしてなかったかも、なんて思う。

バカだなぁ。
会えなくなってから、後悔ばかりだ。
少しでもあいつに近付きたくて、でも、どこに行けば近付けるかもわからなくて。
警察で在ることが、私の今の支えだった。



折角休みを取ったのに、何故か桜田門に戻ってきてしまった。
流石に庁舎に戻るのはなぁ、と思って日比谷公園に向かう。

そこで。
私は信じられないものを見た。

グレーのスーツを来た、行方不明者。

「…降谷?」

僅かに聞こえたやり取りから、恐らく部下と思われる男と話している降谷に、私は目を瞬かせた。
私の顔を一瞥した降谷は、そのクソ真面目な顔で、口をへの字に曲げた。

いや、姿消すつもりならここにいる方がおかしいでしょう。
庁舎のお膝元ですけど?
そこで見つかったからってそんな不機嫌になる、普通?

そんなことを思っている隙に部下の男はいなくなっていて、降谷だけがその場に残っていた。

「…仕事は?」

聞かれて、午後休、と簡潔に答える。
への字をさらに曲げる器用さに私は感服仕るよ、本当に。

「…ふたりのとこ、行ってた」

知らない。なんてことは、ないだろう。
そう思って名前を出さずに言うと、やっぱり知っていたようでそうか、とだけ呟いた。
少しの無言のあと、少しだけ降谷に近付く。
それでも昔よりも距離はあった。
卒業して十年近く経つのだ。
あの頃のまま、とはいかなかった。

「二城は今…一課だったか」

所属はバレているようで、配属されたばかりの部署を告げられる。
否定する必要もないので頷くと、そうか、と口元に笑みを称えた。

「相変わらず、コツコツ真面目にやってるんだな」
「真面目になった覚えはないけどね」

だから、警視庁に配属されるまで十年近くかかった。
この男はどこまでも遠いまま、決してオトモダチに戻れるような立場でもないと察してしまった。

「このあと、予定は?」
「ないけど」

唐突に聞かれて、素直に答える。
予定がなさ過ぎてここまで戻ってきてしまったのだ。

「飲みに行くか」

昔みたいにフランクに、オトモダチではいられない男が言う。

「え」

だから思わず呆けると、面白そうに笑った。

「思い出話でもしよう。
あの頃に戻って、あいつらの話でも」

昔みたいに、オトモダチには戻れないけれど。
今の関係は新たに構築できるのだろうか。

そんな自分勝手な希望がわずかに脳裏をかすめる。
自分勝手で、自分本位だ。
分かっているけど、心がそわそわするのが止められない。

ねぇ。
萩原、松田。
アンタたちが、呼んでくれたの?
だとしたら、お供え物、お線香とたばこだけじゃ足りなかったかも。

来年はもう少し違うものもってくから、と心の中で一方的に約束して、歩き出した降谷の背を追った。
翌日、私は警察庁から出向してきた男を見て庁舎内に響く叫び声を上げた。