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渋谷テラス。
その角から地上を見下ろしていると、下で綱引きをしていた男達が続々とやってきた。

「ヨゥ、終わったぜ」
「班長、下に加勢しなくていいのか?」

居ると思わなかった班長から言われて、思わず聞き返した。
班長は相変わらず咥えられている爪楊枝を器用にそのままに、大きな口を開けて笑う。

「俺はまだ内勤だからな。
見つかる前に逃げてきた」

結婚式場で大暴れしておいて、どの口が言う。
僕は式場内に入ってはいないが、高木と佐藤両刑事と一緒に屋上まで来たのだから察しは着く。

内勤の萩原は流石にしんどそうだが、久し振りの肉体労働にスッキリとした顔をしている。
そのまま五人で渋谷の街を見下ろす。
五人でひとつの事件に挑んだのは、警察学校の最後の事件以来だ。
この先、また道が重なる可能性はゼロに近いだろう。

そのことも相まって普段とは違う満足感で胸が満たされていた。

「お疲れ様、お巡りさん」

その満足感に浸っていた矢先、聞こえた凛とした声。
誰よりも弱いのに、何故か誰よりも強い、彼女。
普段なら振り返るところだが、微動だにできなかったのは何故か。
答えが出るまでもう暫く待って欲しい。
まだ、気持ちの整理は出来そうにない。

「ひなちゃんもお疲れ様」
「…わ、夜ここからだとちょっと怖い」

近付いた彼女の声に、心臓が五月蝿い。
彼女に気付かれないように、渋谷の街を眺めることに努めた。

赤と青の液体が段々と緑に変わっていく。
その様子が、少し誇らしい。
そんな中、もう一つ、軽い足音が現れた。

「ここに居たんだ。
なんとかなりそう?」

そう言って横までやってきた少年を視界に入れて、僕は小さく笑った。
あぁ、コナン君になら、振り返ることも容易なのに。
そんなことを一瞬でも考えたことはどうか許して欲しい。

「あと一時間もすれば、完全に中和できるらしい」
「流石公安。
仕事が早いね」
「流石なのは君の方だよ」
「え?」

コナン君とは事前に打ち合わせを行っていたが、今回のあの巨大サッカーボールは彼の案だった。

「よくあんな手を思いついたな」

そう言うと、彼の声色が和らぐ。

「ヒントをくれた人がいるんだ。
随分前のことになるけど、警察学校の制服着た人が、水道管の水漏れをああやって野球ボールで防いでくれたことが、あった…って…新一兄ちゃんが…」

視界の端で焦った様子で萩原を見上げるコナン君。
コントみたいなことが織り成されていて思わず吹き出した。

彼には何かがあると思い、とある仮説に行き着いている。
が、その仮説は余りにも常軌を逸していて、深くは考えないようにしていた。

「ひなさんは…一体、何者なの?」

話を逸らしたいのか、純粋な疑問なのか、唐突な話題変更だった。
ここに、当たり前に馴染んでいることか。
それともどこかで何かを聞いたのか。
彼は、彼女に問いかける。

ひなさんの困ったような空気を感じて、萩原がコナン君に向き合う。

「神様だよ」
「「え?」」

その言葉に、ひなさんとコナン君が聞き返した。

「ひなちゃんは俺の、」
「俺たちの…かな」

萩原の言葉を遮るように言うヒロ。
その言葉を汲み取って、萩原はまた笑った。

「…俺たちの、神様だ」

かみさま。
そう、彼女は僕たちの神様だ。
僕もそう思っている。
だから否定はしない。

なのに。
違う、と叫び出したくなる自分がいることに、少し、恐怖した。

「あの…研にぃ?
諸伏さん…?
かみさま、って…?なに?」
「別にぃ?」
「ひなちゃんが気にすることじゃないよ」
「そうだな」

男たちの軽い笑い声に、戸惑うひなさんの声。
わちゃわちゃと戯れている様子は皆の神様と言うよりは皆の妹だ。

「わー!
怖い怖い怖い!」

ふと、声色の変わった叫び声になって、左腕を掴まれた。
何かと思えばひなさんがバランスの崩れた体を僕の腕で支えていた。

…と、いうか。
腕に当たるその控えめな柔らかさは。

顔面が一瞬で熱を持つが、それを慣れた意識で押し込める。
周りにはバレてない、はずだ。

「大丈夫か?」
「あぅ…、大丈夫…」

すぐに僕の腕から離れた温もりと柔らかさが少し残念…じゃない、ほっとした。
赤い顔でいそいそと前髪を直す彼女の仕草に、異性の友人や同僚とはまた違う感覚を覚えたのは自分だけではないのだと安心する。

「ゼロ、最後まで見てる?」

そんな最中、ヒロに聞かれて僕は頭を振った。

「いや。
撤退が始まる前に風見に任せて抜けるさ」

公安が多いとはいえ、一般の警察官も多いこの騒ぎの中いつまでも関わる訳にはいかない。
一度怪我の様子も見たいところだ。

「よし、じゃあひなちゃんちで打ち上げでもしようか」
「え」

そんなことをヒロが言い始めた。
ひと仕事終えて…いや、同期ときちんと会えたことで、気が緩んだのだろうか。
まぁ今回は組織も関わっていないし気持ちは分からないでもないが。

「さんせーい!」
「しょーがねーなぁ、ボーナス変わりってとこか」
「っし、全員参加だな」
「全員って…僕もか?」

まさか班長に言われるとは。
思わず聞き返すと、ヒロに当たり前だろ、と返される。
当たり前と言われてもなぁ…。

「この後は治療して報告書だろ」
「は?」
「僕だけじゃなくて、お前たちも」
「「「「はぁ!?」」」」

全員に凄まれた。
そんなおかしなことを言ったか、僕?

「今日は治療して飯食って休むんだよ!
報告書は明日まで待ってくれる!」
「いや、少しでも記憶が鮮明なうちに」
「「ゼーロー!」」

がし、と両側から松田と萩原に抑え込まれる。

「おい、お前ら…!」
「打ち上げ参加するって言え、オラ!」
「俺の妹悲しませるつもりかよ?」

いや、僕が参加しないからってひなさんが悲しむとは思えない、が。

「前にポアロで揃った時のこと、忘れてないだろうな」

ヒロにそう言われて、う、と言葉に詰まる。
別に、忘れてはいない。
嬉しそうに、幸せそうに、泣いた彼女の姿。
ただ、誰かから答えを聞いた訳では無いから確証はなかった。
それでも、どうやら想像していた答えは正しかったような。

「やはりひなさんは、僕たちが揃ってることが嬉しいのか…」

どうしてかは、分からないけれど。
そう呟けば、僕の言葉に返事はせず、どこか嬉しそうに笑うヒロ。

「じゃあ、先に行ってるよ、ゼロ!」
「ひなちゃん、何ぼーっとしてるんだ?」
「置いてくぞ、小娘」
「ちょっと待って松田さん会場私の家ですけど!?」

ビル内に入る扉の方へ向かう四人の背中に立ち上がって叫ぶ彼女が少し幼く見えて可愛い。
…その目元が少し赤く見えたのは、気のせいではないのだろう、恐らく。

コナン君も、僕の方を振り返って一度笑ってから、ひなさんの後を追いかけていった。



中和の目処が立ってから、僕はビルを離れた。
一度安室の家ではない自宅に帰り、怪我の具合を確かめる。
ヘリが墜落した時は流石に堪えたが、大きな怪我はないようで安心した。

簡単に治療を終えて、家にあった箱と袋を手に、僕はひなさんの家に向けて車を出した。