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彼女の家に来て、真っ先に風呂を指差された。
そう言えば治療はしたが風呂には入っていなかった。
普段なら大怪我でなければ一緒に入ってしまうが、僕は僕で浮かれてたということか…。
これでよく公安が務まるな。
目頭をゴシゴシと揉んでいると、中で扉の音がした。
萩原が出たのだろう。
また少しして髪を濡らした萩原が扉を開ける。
「お、降谷ちゃん。
ちゃぁんと来たね」
「そりゃぁな」
ぽりぽりと頬を掻く。
いつも迷惑をかけている彼女の小さな願いくらい、叶えてあげたいと思うじゃないか。
渡した桜の箸置きは気持ち悪がられないか少々不安ではあったが、無事喜んでもらえたようで安心したのは秘密だ。
「じゃ、お先〜」
ひらりとダイニングの方へ向かう萩原の背を見送って、僕も洗面所へと入って扉を閉めた。
乾杯をしてから暫くは、話題の中心は僕とヒロだった。
主に僕。
最近こそ会っていたとはいえ、全て安室としてだ。
安室には言っても仕方の無い、積もり積もっったことをここぞとばかりに突きつけられている。
その言葉は事実なので甘んじて受けるが、決して居心地が良い空間ではないことだけは確かだった。
漸く僕への話を終えたあと、話題は班長の奥さんナタリーさんの様子であったりとみんなの直近の話へと移り変っていく。
その隙に手をつけられずにいた食事を頂こうと傍にあった卵焼きを頬張って、ふと、違和感。
「…あれ、ヒロ味付け変えたのか?」
僕に調理を教えてくれたのはヒロだ。
だから僕の作る料理はヒロが教えてくれた調理方法や味付けが基本となっている。
もちろん自分でアレンジや研究は行っているが…。
そんな訳で、まるで違う味付けに違和感を持ったのだ。
「出汁巻き玉子?
それ作ったの俺じゃなくてひなちゃんだよ」
てっきり調理は全てヒロがしていたのかと思えば、ひなさんも作っていたとは。
思わずひなさんを視界に入れると、彼女は萩原に隠れている
「ごめん、美味しくなかったら、手付けなくて大丈夫、だから…」
「いや、ヒロの料理のつもりで食べたから違和感だっただけで…」
ぽそぽそと、声を小さくする彼女に慌てて僕は反論した。
不味いなんてことは無い。
「美味いよ」
「え…」
常日頃、気軽に外食を取ることもままならない。
人の善意で貰った手作りは一口も食べずに丸ごとゴミ箱行きだ。
異物混入など絶対にしない優しい人だと分かっていても、全てを疑わなくてはならない。
公安刑事としての職務、とりわけ潜入捜査を初めてからは殊更注意をしているだけに、こういった家庭の味を味わえる機会は貴重だ。
そういった事情を抜きにしても、この卵焼きは美味しかった。
「それなら、よかった…」
ふにゃりと笑った彼女が、はっとしたあと近くにあった酒を煽る。
「あ」
その酒は彼女のものではなく萩原が飲んでいた梅酒のロックだった。
ハイボールのようにゴクゴクと飲んでいるが、大丈夫か…?
ひなさんと酒の席を共にするのは初めてだったからおい、と萩原に声を掛ける。
「ん?」
「ひなさん、今梅酒煽ってるぞ」
「えぇ!?」
ドン、と大きな音を立ててグラスを机に置く。
その頭はユラユラと不規則に揺れており、彼女の様子は火を見るよりも明らかだ。
「あぁー。
やっちまったなぁ」
「弱いんだな」
「うん、かなり」
ひなちゃん、と萩原が彼女の肩を揺すると、んゅ、と言葉にならない声が零れる。
「ひなちゃん、ゼロ、ご飯美味しいって」
「…ん」
松田と話していたが、こちらの会話も耳に入れていたらしい。
萩原が言うとこっくりと頷く。
「ひなちゃん、俺たち皆、今日頑張ったんだよ?」
「知って、る…」
またこっくりと頷く彼女が顔を上げて、またふにゃりと笑った。
「みんな、おつかれさま」
「おにーさんたちかっこよかった?」
三度、こっくりと頷く彼女が笑顔のまま呟く。
「みんながかっこよくないときなんて、ないよ」
「好き?」
「ん、みんな、すき」
ひなさんはその言葉を最後に、ぱた、とソファに体を倒した。
思わぬことを聞いて心臓はバクバクと音を立てているが、顔には出さないように気をつける。
いつもやってるんだ、言うことを聞け僕の表情筋。
「まぁたやってんのか」
「悪趣味だなぁ」
「いいだろ、直接言ってくれないんだもん、ひなちゃん」
松田と班長に言われて唇を尖らせる萩原は、ソファにひなさんを寝かせてブランケットを掛ける。
その手つきは慣れていて、二人の言葉から察するにアルコールに倒れるのは初めてのことではないのだろう。
「また、って、いつもやってるの、萩原?」
ヒロに聞かれてまぁね、と頷く。
「落ちるちょっと前のこと覚えてないから、ひなちゃん」
「落ちそうになると、舌足らずで話すのもゆっくりになるんだよなぁ」
班長もその現場に何度も居合わせているらしく、タイミングは分かるようだ。
確かに、発音の様子といいスピード感といい、分かりやすかった。
分かりやすすぎてわざとなのでは無いかと疑う程度には、かなり。
「とは言っても、ここまで酔うことなんて滅多にないんだぜ?
今みたいに間違って他の人の飲んだ時とか、ちょっとハイボール割る配分間違えた時とか…。
今日は、ほら。
妹からのボーナス?ほしいなぁ〜って、ね?」
自分の行いに言い訳をする萩原にウィンクをされて溜め息を吐いた。
その視線はこちらの感情を探られているようで落ち着かないが、致し方ない。
「っていうかー。降谷ちゃん、今恋とかしてないの?」
「今の僕にする時間があるとでも思ってるのか?」
まぁ、時間の余裕があったところでするとも思えないが。
そう告げるとだろうな、と松田が呟く。
「ポアロの梓ちゃんは?」
「彼女は同僚だろ。
確かにいい人だと思うが、そういう対象にはならないよ」
ほぉ、と班長がにやにやと笑っている。
いつだかの事件の時のことを思い出しているのだろう。
あの時と同じ顔だ。
「俺はひなちゃんと降谷の関係が気になるぞ」
顔だけじゃなくて言葉にもしてきた。
頭を抱えたくなるのを堪えてテーブルに肘を着き、顎を手に乗せる。
「え、なになに、班長、決定的瞬間でも見たの?」
「俺も直接見たわけじゃないんだが、」
説明が始まるのはポアロであの大学生が起こした事件だ。
停電の時に近くにいた僕の袖を掴んでいたという、それだけの話。
「ひなちゃんが、停電で?」
「ゼロの腕を掴んだ?」
萩原と松田が目を合わせて爆笑する。
なんだその態度。
「…ひなさんだって驚いたんだろう。
目の前にあったもの掴むくらい、」
「まだまだだな」
遮ってニヤニヤと笑う松田にはぁ?と思わず呟く。
爆笑から帰ってこない萩原が、目尻に溜まった涙を拭いながら息も絶え絶えに説明を始めた。
「ひなちゃん、停電とか地震とか、強いんだよ」
「え」
「流石に震度五だったときは怖がってたけどな。
ちょっとした停電とか震度四くらいなら微動だにせず作業続けてんぞ、あいつ」
ひなさんが大学生だった頃はよくポアロで会ったり飲み会をしていたそうだから、松田もそういった現場に居合わせたことがあったのだろう。
「そんなひなちゃんがわざわざ降谷ちゃんの袖掴んだってことはぁ〜?」
にやにやと萩原がしているところ悪いが、完全に誤解している。
あの時、容疑者として疑われかけたひなさんが停電にびっくりして袖を掴んでしまったと弁明し、それを事実だと僕は証言した。
が、実際には停電が起きる前に僕の袖は掴まれていた。
素直に彼女の証言を正せば無意味に彼女が疑われかねない。
彼女が容疑者なわけがないので、わざわざ波風を立てないために彼女の証言に乗っただけだ。
「萩原は未だにそうやって女のこと考えてばかりなのか?」
「未だにって失礼だな〜。
将来のお兄様よん?」
「血は繋がってないだろ…」
「やだ、聞きました皆様!
否定しませんでしたわ!」
キャー、と女子のようにはしゃぐ萩原とにやにや顔の三人。
…これ、いつまで続くんだ……。
誰か助けてくれ、と届かない助けを呟いた。