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十二月の半ば、少し早いけれど忘年会をやるということで、私は研にぃの家に向かった。
メンバーは松田さんと伊達さんだそうだ。
降谷さんと諸伏さんも声は掛けているらしいが、返信がないから恐らく来ないだろう、とのこと。

昼から研にぃの家に行って、キッチンでおつまみを作る。
お酒を飲むとご飯はいらないタイプの人もいるが、たくさん食べる、とだけ聞いているので量は用意する。
余ったらそれぞれに持って帰ってもらえばいいだけだ。

三時を過ぎた頃、伊達さんがやってきた。
自己紹介を済ませて、彼が持ってきたお酒を冷やす。
相当量があるけれど、これは本当になくなるのだろうか…。

「萩原は飲めるだろ?
二城さんは?」
「強くはないですけど」
「よし。
松田は今日飲めるのか?」
「飲めないならノンアル自分で買ってこいって伝えてるよ」
「じゃあいいな」

警察官は呼び出されることもあるらしく、常に飲めるわけではないらしい。
血税で給料を賄っているだけあって大変なお仕事だ。

「じゃ、かんぱーい!」

伊達さんの音頭に、研にぃとふたりで習った。



先日聞いた警察学校時代の話を、伊達さん視点で聞いたり、彼の彼女の話を聞いたり。
研にぃが知らない降谷さんたちの話を聞いたり。

当然職務について零すことはないけれど、彼らの話は突拍子もないことも多く聞いてて飽きない。
夕方には松田さんがやってきて、第二ラウンドが始まった。



八時を回ったころだった。
家のチャイムが鳴って、研にぃが誰だ?と呟きながら玄関まで向かう。
扉の空いた音がしたと思ったら、研にぃの驚く声が聞こえて私たちは三人で目を見合わせた。

「よ」

そんな軽い挨拶で研にぃの後ろについてきたのは、端正な顔立ちに髭を生やした男性だった。
諸伏景光、だろう。

「はーーー!?」

そんな声を上げたのは松田さんで、伊達さんはチャームポイントの爪楊枝をポトリと落としていた。

私も、そんな思いだった。
会えるわけがない人、だと、思っていた。
彼の安否をどう知ろうかとずっと悩んでいたのに、唐突に本人が登場とかある?
でも、私はどういうこと、という思いを表に出しちゃいけない。
誰だろう、と不思議そうな顔に見えるよう努める。

「生きてたなら連絡しろっつーの」

松田さんの言葉にごめん、と返した彼は、大量のアルコールと食べ物を手にしていた。
時間帯的に、飲食物がなくなっていることを前提としていそうだ。
事実ほぼ底をついていて、解散するか誰かが買い出しに行くか、と話をしていたところでもある。
恐らく職務上人が用意したものが食べられないのだろう。
となると、この時間にやってきたのもあえてだと思われる。

「降谷は?
連絡取れてないんだが」
「え、ホント?
俺も連絡取れてないんだよね…」
「あっちは未だ出てこずかよ…」

はぁ、とため息をついた松田さんにふーん、と呟いた彼は、私を視界に入れた。

「…女の子がいる!」
「あ、初めまして、二城ひなです」
「諸伏景光です。
よろしくお願いします」

人好きのする笑みで自己紹介してくれた彼に、よろしく、と返す。

「萩原の彼女?」
「違ぇよ。
昔事件で知り合った…妹的な?」

へぇ、と呟いた彼の目は、なんとなく自分を異質に見ているように思う。
疑うのがなんぼであろうし、オタク心は傷つくがオタク心のおかげでしょうがないと思える。

「研にぃ、諸伏さんは、あの写真の諸伏さん?」
「そう」
「わー!
いつもお話聞いてます!」
「え…変な話してないよね?」

焦った風に聞くが、諸伏さんは焦る必要なんてないのではなかろうか。
首を傾げていると、松田さんがニヤニヤと笑っている。
知った風な表情を作っているが、彼と知り合ってまだ一ヶ月だ。
会ったのも今日がギリ三回目で、大した話は聞いていない。
諸伏さんがその答えを知っているはずはないが、焦った様子はほぼ素なのだろう。
可愛く見えた。

「私が聞いた話題の中心は松田さんと降谷さんって方ですよ。
諸伏さんは、降谷さんと幼馴染さんなんですよね?」
「あぁ、そうだよ」
「諸伏さんのお話で聞いたのは、卒業式の日に家族に送る写真に、松田さんが髭の落書きして、それを気に入ってたって話とかですかね…?」

髭…顎に蓄えられたそれを親指と人差し指で撫でる彼に、にやにやと笑う松田さん。
諸伏さんは、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。

「研にぃ、って呼んでるってことは年下?何歳?」
「同い年ですよ」

え、と呟いた彼にどう説明しようか、と思っていると、話題を研にぃが横から持っていく。

「ひなちゃん記憶喪失なんだ」
「記憶喪失?」
「しかも、中学で事故にあって7年間眠り続けてたし。
だから、同い年だけど感覚は年下って感じなんだよね」

驚いてるのが諸伏さんだけ、ということは、松田さんと伊達さんは聞いていたのだろう。
会う前に不躾なこと聞かないように、という配慮かもしれないが。
そういえば、確かに私自身の過去を聞かれることはあまりなかったな、と思う。

「めっちゃ話すじゃん…」

思わず呟いたのは、優しさに感謝していると同時に、今言われた私の情報は諸伏さんにとっては疑う理由となる情報でしかないと察したからだ。

「え、話さない方がよかった?」
「研にぃが信頼してるひとなら別にいいけど…。
友達にも話したことないんだよ?」

警察なんだから個人情報は大切にしていただきたい。
そう思っていると、諸伏さんは疑い…というよりも、何故か思案に耽っている。

「…二城さんって、もしかして第二中?」

彼が言ったのは、私が聞いただけの私の履歴だ。
と言っても、実際は思い出しているためあの学び舎に通った記憶はある。

「え……そう、らしいですけど」
「知ってるのか?」

伊達さんに聞かれて諸伏さんは曖昧に頷く。

「俺とゼロ、第二中のジャージ着た女の子が事故ってるとこ、居合わせたことあるんだよ」
「事故…」

私が呟くと、彼はうん、と頷く。
ばっくん、と、心臓が大きな音を立てた。

「逆走してる暴走車と幼稚園くらいかな…男の子が事故りそうになったんだ。
その時に、その子が男の子突き飛ばしたんだ。
男の子は無事。
女子中学生は重体だって地元じゃ結構大きなニュースになったんだよ。
救急と警察に俺とゼロが連絡して、聴取だけ受けて帰ったんだけど…」

彼が説明している間、ただただ心臓の音がうるさくて、まるで耳元で脈を打っているようだった。
チカチカとするのはなんだろう。

「ゼロが救急に連絡したんだけど、そのあと聞いたら女の子は一瞬意識あったみたいだったって」

私は、あの日、何を見た?

一瞬でブラックアウトした世界は、答えを教えてくれるだろうか。