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諸伏さんと並んで歩くのは、不思議な感じがした。
本当だったら会えるはずがなかった人だ。
否、それは全員に言えることなのだけど。
「ひなちゃん、って呼んでいいかな?」
不意に聞かれて、私は頷いた。
ありがと、と笑う彼はやっぱり爽やかだ。
「ひなちゃんは今何してるの?」
「大学に通ってます。
今二年生で…」
二十六歳で、となると年齢と学年が一般的な年齢とは異なる。
理由は既に説明した後だが、違和感は拭えないだろう。
「そっか。
就活までのカウントダウンだね」
それを何事もないように包んでくれるこの人は、懐がとても広いと思う。
「就活鬱にならないように祈っておいてください」
苦笑しながら言う。
植物状態だったから、年齢が世間一般の新卒よりも遅いのはスルーしてもらえるだろう。
仕事を始めたら、前にいた世界での記憶もあるから一般的な新入社員よりは馴染むのは早いと思う。
既に暗雲立ち込めている就活に内定という光を早く見たいものだ。
「ひなちゃんなら大丈夫だよ」
「だといいんですけど…」
頑張れ、と言ってくれた彼に、ありがとうございます、と返す。
そんなありふれた雑談の後に、諸伏さんは人気がないのを確認してから私に問いかけた。
「きみは、“あしおと。”って聞いて何を思った?」
まさか真っ向から聞かれるとは。
やっぱり私如きの謀なんかすぐにわかるか、と両手を上げたい気持ちでいっぱいだ。
それでも、真正直に言うわけにはいかないので私は首を傾げる。
「洞窟とか、階段とか、ヒールとか?ですかね?」
「ひなちゃんは何か知ってるよね」
矢継ぎ早に紡がれる次の問いに、私はまた首を傾げた。
「何かってなんでしょう」
「送ったのは君だろ」
その言葉を聞いて、その目を見て、あぁ、諸伏さんも真っ直ぐな目をしているんだな、と思った。
今日会って思ったのだ。
研にぃも、松田さんも、伊達さんもとても真っ直ぐな目をしている。
映像でずっと見ていた、あのひとも。
それは私にはないものだ。
信念があるから、一本貫いているものがあるからできる目だ。
その目に見惚れていると、彼は訝し気に見てくる。
「沈黙は肯定…かな?」
「あ、ごめんなさい。
綺麗な目だったので見惚れちゃいました」
思わず素で答えると、彼は特徴的な猫目をぱちくりと瞬かせた。
「君の目的は?」
「…もくてき」
「何が狙いだ」
「ねらい?」
彼の言葉を復唱するだけの機械に成り下がったようだ。
私の目的は、あのひとをひとりにしないことだ。
あんな寂しい笑顔で笑ってほしくない。
そんなこと、知らなくていい。
狙いも同義語。
ただ。
こうして、あのひとを想って行動してくれるひとがいることを願っていた。
そう。
このひとは、そして、あの三人も。
私の、希望だ。
「きみは、」
また次の問いをしてこようとしてきた諸伏さんは、訝し気に細めていた目を大きく見開いた。
どうしたのかと思って、こちらも驚く。
「え…」
彼の視線は確かに私にあって、どうしたのかと思った頭の隅で、視界が歪んだことに気付いて私は漸く自分が泣いていることに気が付いた。
あぁ、私は馬鹿だ。
どうにかしてあのひとを助けたいと思ったのに。
まだ、思い出してから一か月しか経ってないのに。
もうこんなにいっぱいいっぱいで、本当の助けになんかなれない。
「わたし、は…、あのひとがくるしいのは、いや。
つらいのも。
なみだをこらえたような、でも、けっしてなかないひょうじょうをみるのも。
…ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、いや」
固有名詞は呟かない。
目の前の諸伏さんは、相変わらず目を大きくしていて、私の言った言葉にきっと思考を巡らせている。
「ひとりなのがあたりまえだとおもわないでほしい。
ひとりになれないでほしい。
ひとりに、ならないでほしい」
ぜんぶぜんぶ、私の為じゃない。
私のことなんてどうでもいい。
否、それを願うのは私だから、最終的には私の為なのだ。
「みらいに、“あなた”もいてほしい。
たいせつなひとたちとわらいあえるあのひとでいてほしい。
それは、ぜんぶ、ぜんぶわたしのエゴだ」
あのひとのためと謳って行うのは、偽善で、全て私のエゴでしかない。
「ひなちゃん…?」
今、あのひとの傍にいられるのはこのひとだけだ。
「お願い、あのひとをひとりにしないで」
「それは、…萩原のこと?」
首は振らない。
縦にも、横にも。
固有名詞も、私が誰を指してるのかも、表には出さない。
暫くの沈黙の後、彼はそもそもわかっていたのだろう、少し肩の力を抜いて、息をついた。
「あいつのことか」
彼も名前は言わなかった。
「貴方にしか、頼めない」
そう言うと、彼はまた眉をひそめた。
「君が何を知ってるのか、教えてほしい」
その言葉には、こくりと、頷いた。