6



場所を変えて向かったのはやたらセキュリティがしっかりしているマンションだ。
中には食器が三人分はありそうな食器棚や、小さなチェスト、パソコンが無造作に置かれている。

「男の部屋とか嫌かもしれないけど、ここが安全だから。
ごめんね」
「いえ…私は大丈夫です」

諸伏さんなら安心できる、というのはよろしくないかもしれないが、事実そうだ。
ペットボトルのお茶を渡されて、向かい合って座る。
私は、ぽつりと言葉を零し始めた。

目を覚ました時、研にぃに助けられた、例のタワーマンションの爆破事件が起きたこと。
記憶を失っていたこと。
実はその日の朝に脳死していて、目覚めたのは奇跡だと言われたこと。

それから、両親の元を離れて親戚の家で暮らし、バイトをしながら受験勉強と一人暮らしを始め、大学生になったこと。
そして先月、松田さんが関わる爆発物の事件でたまたま病院に居たときに研にぃが爆発物を見つけ、解体を手伝ったこと。
その時に、記憶が蘇ったこと。
二つの世界を経験してること。

「ふたつの、世界?」

ずっと聞き手に回っていた諸伏さんが、言葉を挟んだ。
この話まで無言で聞いていたら凄いとも思うが、そこまで無関心ではいられなかったようだ。
私は頷いて続きを紡ぐ。

「転生なのか、トリップしているだけなのか、私の頭が狂ったのか。
真実はわかりません。
でも、私はこの世界を見たことがある。
私の大好きな、物語の世界でした」

彼の目が見開かれたのがわかったけれど、あえてスルーして続きを紡ぐ。

「黒の組織に立ち向かう探偵のお話です。
その中で、潜入しているCIAやFBI、公安警察の方も出てきて…。
私が子供のころから続いてる物語でしたけど、私はこの物語の最後を知りません」

完結までは観られなかった。
わかるのは、大好きな大阪カップルがくっつくとこまでだ。

映画は長野の皆様が出てくる話。
目の前の、諸伏さんの死が兄の高明さんの中で確信されるところ。

「…僕が、何をしていたかわかるってことかな」
「細かいことまでは…。
貴方が、あの組織に潜入していたこと。
スコッチと呼ばれ、ライとバーボンと行動を共にしたこと。
そして、ノックであることがバレて、12月7日に、自殺したこと」
「あしおと。が、きっかけで?」

改めて聞かれて、私は頷いた。

「…あのひとは、小学校で貴方と、そして警察学校で三人のかけがえのない友人と出会った。
ひとりは、卒業してすぐに爆発事件で。
もうひとりは、四年後の十一月に同じく爆発事件で。
もうひとりは、その一か月後に自ら銃で。
最後のひとりは、その、二年後に、亡くなった」
「それって…」
「あのひとは、ひとり、でした」

風見さんを始め、信用できる部下もいただろう。
それでも、あのひとの隣には誰もいなかった。
背中を預けられる、心から笑いあえる友は、いなくなった。

「大切なひとが皆なんて惨いこと、物語の中だけでいい。
現実のあのひとに、そんな想いしないでほしい。
これは、私のエゴです」

諸伏さんはそう言った私の顔をまじまじと見ている。
さっきから表情は殆ど変わらず見開かれっぱなしだ。

「君は、そこまで知りながら…この世界を現実だというのか?」

ぽつりと呟いた彼に、私は思わず首を傾げる。

「物語の中だと思うのが、普通じゃないか?」
「…研にぃと出会ったあの日、浴びた爆発の風も熱も、降りた階段の痛みも。
爆弾を解体した時の震えも恐怖も、夢でも絵空事でもなかった。
私が体験した、現実以外の何物でもないです」

私の言葉を聞いて、彼は見開いていた目を細めた。
そして、口角を上げる。

「大した神様だな」
「かみさま?」

何の話かと思って首を傾げるが、彼はこっちの話だよ、と笑う。

「この世界が君の知る物語だと仮定しよう。
その物語と同じ事件は既にいくつも起きていた。
そして、そのうちのいくつかは君が居たことで防がれた。
そういう認識で合ってる?」
「はい」
「となると、これから先の未来が変わる可能性も出てくるな。
僕は死人としてあいつをフォローすることになったんだ。
つまり、あの組織の大筋は君の知る物語と変わらないと思う。
そのあたりは君はどう思う?」
「同意します。
ライにもスコッチは死んだと徹底して振舞ってもらうことが前提ですけど」

伝えよう、と彼は頷く。

「君が思う中で、懸念事項は他に何かある?」
「…松田さんは、いつまで捜査一課にいるんでしょうか?」
「松田は捜査一課にいない方がいいのか」

捜査一課は物語に多く登場してくる。
安室さんとも関わってくるから、居ないに越したことはないだろう。
伊達さんは事故が起きるころまでは居てもらわないと高木さんの話にも差し障る。
そのあとは、一旦保留だ。

「今日聞いた話だと、期間が設けられてそうだけど…。
異動したほうがいいな。
上に掛け合おう」
「ありがとうございます」

彼と連絡先を交換した。
偽名は緑川亮。
一瞬光がくるかと思ったが、諸伏さんの本名に「光」という字があるから避けたのだろう、と自己完結させた。
その漢字を見て、ひとつの読み方に思い至った。

「…ふふ」

ひとりで笑うと、彼は首を傾げた。

「あの、あのひとは今、偽名を使っていますか?」
「ん?あぁ、安室透、だよ」

ですよね、と私は笑みを深くする。

「何がそんなに楽しいんだ?」

そうか、わからないか、と私はまたひとりで楽しくなる。

「りょうさん、も、とおるって読めますよね」

お揃いだ、と呟くと、彼はくすぐったそうに笑った。



その後、諸伏さんは私の知る物語で、公安という組織が“味方”として書かれるのかどうか聞かれた。
それには悩まずにもちろん、と頷くと、彼は安心したように息を吐いた。

「本職に差し障りのない範囲で、になるけど、君の記憶と異なることが起きたら助けになる。
その代わり、と言っては何だけど…僕の協力者になってくれないか」

わかりました、と私も頷く。

「ただ…手続きはなくてもいいですか」
「構わないけど…どうして?」
「公安の協力者って記録が残って、組織となにか起きた場合、研にぃたちにも迷惑が掛かるかもしれない…。
私のエゴはあのひとと一緒に四人が生きることです」

私の生死は構わないが、四人に危険が及ぶことにはなってほしくない。

「わかった。
書面で残る手続きはやらない」

でもね、と彼は子供をあやすように私の頭に掌を載せる。

「萩原は、君も一緒に生きてくれないと、悲しむよ」

その言葉にはただ、笑って返した。