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大学四年の夏、無事内定を貰えた私は残りの数か月を学業とポアロに費やした。
春に梓ちゃんが入ってきていて、ポアロの空気はまたひとつ変わった。

時折研にぃや松田さん、伊達さんが遊びに来てくれる。
…ここ、あまりこの三人のたまり場にしたくないんだけどなぁ、と正直思うが、来ないでとも言えないしどうしたものかと悩む。
私がポアロ辞めたら来ないでくれるだろうか。



未来への懸念事項を一つ残して、年を越えようとしていた。

「ひなちゃん、伊達の件って落ち着いてるの?」

打合せの中で、諸伏さんに問われる。
そういえば、伊達さんの話はまだちゃんとしていなかった。

「伊達さんは二月の頭に対応予定です。
一応時期が変わらないか、関係者に探りは入れてますけど…今のところ動きはなさそうで」

伊達さんに結婚はしないのか、と聞いたりしている。
ちなみにナタリーさんとも最近は凄く仲良くなれて、進展があったら教えてね、と伝えている。
伊達さんと喧嘩した時や、将来の不安なんかは話してくれるようになった。
共通の友人がいると話しやすいのだろう。

「そっか。
それは、俺が関われるような案件なのかな」
「…きっかけとなる事件がわからないんですけど、捜査一課の捜査状況さえわかれば、現場の予想は着くと思います」
「じゃあ、それは俺の領分だな」

今まで諸伏さんに未来の話を直接したことはない。
だが、確かにこの話は私一人では解決できないのだ。
伊達さんを尾行する能力も欠如しているだろうし。

「二月七日の未明です。
詐欺師を張り込んでいた帰り道、居眠り運転の車に撥ねられます」
「居眠り運転か…。
俺はその現場にはいかない方がいいな」

そのあとの警察、救急と関わるのは避けたいのだろう。

「場所さえ特定してもらえたら、私が動きます」

そもそも自分で動くつもりだったのだ。
そう言うと、諸伏さんはじと、とした目で見てくる。

「…あまり、ひなちゃんに事故が起こる場所に行ってほしくないんだけど」
「え?」
「君は、既に他人の事故を庇ってるだろう。
しかもその結果が植物状態だ」

それを言われると、少々気まずい。
そこに居合わせて、迅速に警察、救急に連絡してくれた彼らがいるから私はきっと生きていられた。

「大丈夫です。
危ないことはしませんから」

彼の猫目がいつも以上に吊り上がる。
確実に疑われている。
ね、と笑うと、彼はまた少し逡巡してからため息を吐いた。

「絶対に、危ないことはしないこと。
約束してくれるね?」
「はい」

ぽん、と頭を撫でられる。
末っ子の彼は、時折お兄さんぶりたいらしい。
それが少し微笑ましかった。






当日の夜中、想定ルートが諸伏さんから送られてきた。
捜査状況も連絡くれるということだったので、近くの漫画喫茶で時間を潰していた。
恐らくその見張りは諸伏さんか…彼の別の協力者が行っているのだろう。

彼と、まだ新人の高木刑事が現場から離れたと連絡を受けて私は動き出した。
彼らの少し後ろをヒールが壊れた靴を持って歩く。
靴は足音を生むし、靴下や裸足の方が気付かれにくいだろう。
脱いでいても誤魔化せるように、特価の安い靴を買ってヒールを自分で壊したもの、というのが真実だけど。

伊達さんが、懐に手を伸ばしたのが見えた。
長い真っ直ぐの道のりから走ってくる車も見える。

ごめんね、諸伏さん。

私は持っていた鞄と靴を投げ出して、伊達さんへ駆ける。
手から零れた警察手帳を拾おうと腰を折る彼のその腰を押すが、やっぱり子供と違ってがっしりしている。
全力で押しても、あまり突き飛ばせなかった。

背後を振り返る余裕はなかった。