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ぴ、ぴ、ぴ
定間隔で響く機械音が聞こえて、私は意識を取り戻した。
口の周りには人工呼吸器が張り付けられていて、息がしづらい。
全身にもいたるところ何かが巻き付いているようだった。

室内を見回そうと頭を動かすと、誰かが傍にいたのか物音が聞こえた。
音のした方には、諸伏さんが座っている。

いつもよりぐしゃぐしゃの服装で、目の下に隈ができている。

「…嘘つき」

そう言った彼にごめんなさい、と言おうとして、でも、声は出なかった。

「伊達は無事だよ。
足を怪我したが、命に別状はない」

そう聞いて、目尻から涙が伝ったのがわかった。
そうか。
私は、成し遂げられたのか。
あのひとを、ひとりにせずに済んだのか。

「きみのおかげで、あいつはひとりにならずに済んだ」

気が緩んだのか、意識が遠のく。

「ありがとう、神様」

最後に諸伏さんが言った言葉は、意識に飲まれて記憶から抜け落ちた。






次に目を覚ました時、色々なチューブは外されたようで、人工呼吸器も外れていた。
傍には研にぃが居て彼もまた酷く焦燥しているようだった。

「こ…の、馬鹿!」

目が合って第一声、まさか怒鳴られるとは思わなくて私は目を瞑った。

「誰かを助けようとするのはいいことだ。
だけどな、周りの気持ちにもなってくれよ…」

くしゃくしゃになった表情でそう言われて、ただただ驚く。

研にぃには申し訳ないけれど、“萩原さん”にここまで感情に振るイメージがなかった。
びっくりして二の句が繋げない。

正直に言おう。
彼は私が死んだところで感情的にならないと思っていたし、私と連絡を取るのは被害者ケアの延長だとも思っていた。
その延長の内に彼の同期と出会うこととなり、結果遊んでくれているのだと。

でも、違ったらしい。
そういえば年末に諸伏さんに会った時、彼は言っていた。
私が生きてないと、研にぃが悲しむ、と。

そうか。
私は、悲しませたのか。
心配させたのか。

動かない頭で漸く導き出した答えに涙腺が緩む。
自分の認識が異なっていて、誰かが大切にしてくれた自分を蔑ろにしていた。

「ごめん、な、さ…」

ごめんなさい、ごめんなさい。
泣きながら何度も繰り返す。
研にぃは、またくしゃりと表情を歪めながら、私の頭を撫でた。

頼むから、もう、こんなことするなよ。

きっと、いつか、また誰かが危険になった時、私は身体が動いてしまう。
でも、私は、その呟きに頷いた。
大切なたったひとりの“兄”に、これ以上心配を掛けたくはなかった。



この事故で、私は意識不明の重体、左足の骨折ののち、三日後に目が覚めたという結果に落ち着いた。
内臓破損まであと少し。
ギリギリ胴体が守られていたことで死に片足突っ込まずに済んだ、ということらしい。

出掛けた帰りに最終バスを逃したから漫画喫茶に泊まったはいいが、歩いて帰れるかな、と思いつきで帰ろうとしたらヒールが壊れて靴下で歩いてました。
そう告げた言い訳に、事情聴取の警察にも研にぃにも両親にも怒られた。
素直にごめんなさいをしてお小言が終わるのを待つ。

ついでなので、記憶を取り戻したことを告げれば両親は泣き崩れた。
これで結果オーライってことにしてくれないかな、と思ったが、その両親の向こうで研にぃが凄い形相で見てくる。
やっぱり既に記憶が戻っていたことはバレていたらしい。
言葉にされないだけ優しいのだ、と自分の中で落とし込んで、私は大人しく両親の抱擁を受けていた。



伊達さんは足を怪我したと諸伏さんに聞いていたが、やはりその通りらしく骨折したそうだ。
怪我が治らないことには進退は不明とのことで、今は私と同じこの病棟に入院中とのこと。
そうだ、お見舞いに行こう。

研にぃに車いすを押してもらって伊達さんの病室に行くと、松田さんがいた。

「起きたか、寝坊助」

松田さんに言われておはようございます、と返す。

「ひなちゃん、すまなかった」

同じく足を怪我している伊達さんが、ベッドの上で頭を下げる。

「いえ、こちらこそ…心配お掛けしちゃってごめんなさい」

二人で頭を下げた後、二人で顔を見合わせて笑う。

「お互い暫くはこの足と付き合うことになるんだ、仲良くしようぜ」

そう言った彼にはい、と頷く。

その後、二人にも記憶が戻った旨を伝えると喜んでくれた。
眠っていた七年間が戻るわけではないので、この世界での体感はやはりまだ大学四年生だ。
この人たちの年齢には追い付いたようで追い付かない。
前の世界を含めれば、精神年齢はこの人たちより年上なんだけどなぁ…。



私はその後、二週間の入院を経て外界へと解き放たれた。
三月の半ばまでは実家送りとなったが、数年間親孝行できなかったことを考えて大人しく実家での時間を大切にした。
卒業式を終えて、三月もあと二週間。
簡単な調理やレジ打ちならできるので、ポアロでのバイトをしながらお世話になった常連さんに挨拶をして、私の大学生活は終わった。