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指定された日、私は数か月ぶりのポアロに向かうこととなった。
午前中、足と脳波の検査で病院に行ったその帰りだ。
職場には二月の事故の件も、過去に脳死の診断を受けた過去があることも入社前に一応伝えている。
そもそも入社時点で松葉杖をついていたので、言わなかったとしても事故はすぐわかっていたと思うが。

彼と初めて会うということで、思わず化粧も服装も気合を入れてしまった。
病院に行くにしては綺麗めの服に、既に何度もお世話になっている先生や看護師さんがにまぁ、と笑う。
確実にデートだと思われているなぁ、と思いつつ、その質問を受けないように早めに退室させてもらった。



病院が思ったよりも時間がかかって午後三時。
本当はポアロでお昼も食べたいところだが、オーダーするものは定められていた。

一杯目コーヒー
二杯目コーヒー+ショートケーキ
三杯目紅茶

簡潔なチャットメッセージの文章にスタンプで了承の意を示した昨日。
ファストフードで軽く食べてから、私はポアロの扉を開いた。

カラン、と長年聞いたベルの音が鳴る。
カウンターの向こうには一年間一緒に働いていた梓ちゃんと、初めて会う、あのひと。

「…あれ!
ひなちゃん!」

彼のいらっしゃいませ、を遮るように梓ちゃんが私の名前を呼ぶ。

「梓ちゃん、久しぶりー」

手をぱたぱたと振ってみると、小走りで私に駆け寄った。
相変わらず可愛いなぁ、と素面を装って思う。
やけに懐いてくれている彼女の存在は私の癒しだ。

「久しぶりですー!
お仕事は?」
「今日は午前中病院行ってたから、お休みなの」
「そうなんですね!
体調大丈夫ですか?」

そう言いながら空いていたカウンターの端っこを案内してくれる

「もう大丈夫。
次が最終検査の予定だから」
「よかった〜!
あ、注文どうしますか?」
「ホットのコーヒーで」
「はーい!」

にこりと笑った彼女が、ふと彼を視界に入れて手招きで呼ぶ。
初めて会った彼がカウンターを挟んだ向こうに立っていた。
褐色の肌に、ミルクティーブラウンの髪。
アリスブルーの瞳が、こちらを見ている。

私を、見ていた。

「安室さん、こちら、3月までここでバイトしてた二城ひなちゃん。
ひなちゃん、先日入ったバイトの安室さんです」

梓ちゃんが紹介してくれている間、ばくばくと響く心臓が唐突に止まらないか心配になった。
にっこりと、安室さんの表情で笑う彼。
とても作られた人格だとは思わないナチュラルさに私もできるだけ同じように笑みを浮かべる。

「はじめまして、安室です。
噂のひなさんにお会いできて嬉しいです」
「二城です、よろしくお願いします。
ところで梓ちゃん?
噂って何かな?」
「あー、コーヒーですね、すぐ淹れてきまーす」

そう言いながら逃げようとする梓ちゃんに、安室さんがすかさずにこりと笑う。

「梓さん、僕やりますよ」
「え?いや…ありがとうございます」

そう言って今朝マスターが挽いたであろう豆を手に持つ安室さんが遠ざかっていき、目の前には梓ちゃんが残った。

「でー?」
「いや、あのですね。
去年までいた大学生のアルバイトで、辞めるちょっと前に事故って足怪我してる〜とか、常連さんに人気の〜とか、そんなありふれた話ですよ?」
「ほんとに?」

じと、と彼女を見ると、彼女はコクコクと頷きながら降参、とばかりに両手を上げる。
ふぅ、としょうがいないなぁ、と彼女を解放した。
少しして安室さんがコーヒーを持ってきてくれる。

とてもつい先日入ったとは思えない美味しいコーヒーだった。
問題は、私がブラックを飲めないことである。
少しブラックで喉を潤してから、私はミルクと砂糖入れた。



目の前で安室透が動いている。
降谷さんと同じ髪の、同じ瞳の、同じ肌の、その姿で、降谷さんとは思えない笑みを浮かべて、無害そうに笑ってる。

あぁ、諸伏さん、ずるいよ。
コナン君が現れるこの年、私はポアロに来るのを止めた。
忙しい、を言い訳に、意図的にだ。
ここに来れば、いつかこのひとと出会うと解ってたから。
その時に、私はきっとこの想いを隠せないと思ったから。

…やっぱり、私には、隠せそうにない。

今ここにいるこのひとが、あの物語の彼のように、全てを堪えたような悲しい瞳をしないで済むということが嬉しい。
大切な友人たちを、失っていないってことが、彼はひとりきりじゃないんだってことが、ただ嬉しい。

ただ、愛おしい。



二杯目のコーヒーとショートケーキを胃袋に納めた後、私は傍にいた安室さんに声を掛けた。

「紅茶、お願いします」

彼は、安室さんらしからぬ口角の上げ方を一瞬見せてからにこりと笑う。

「かしこまりました!」



そろそろ入れ終わるかな、と思ったところでポーチを取り出す。
中に入れていた鏡とリップを取り出して簡単に直したあと、前髪等を手櫛で整える。

「お待たせいたしました」

紅茶のカップと一緒に置かれたポット、の傍に置いたポーチに、USBが滑り込む。
しれっとそのポーチに鏡をしまってから締めて膝の棚にある鞄に滑り込ませて、お仕事終了だ。

「ありがとうございます」

ポットから最初の一杯をティーカップに入れて、ストレートで飲む。
コーヒーよりも紅茶派な私としては、この最後の一杯が救いだった。

「…美味しい。
幸せ…」

思わず呟くと、聞こえていたらしい安室さんがくすくすと笑う。

「ありがとうございます」

その様子は降谷さんでもバーボンでもない、純度百パーセントの安室さんで思わず胸が高鳴った。
このひと、本当に顔がいい。

「あーん、この後予定無かったらひなちゃんと話してくのに…!」

そう言いながら、客も私以外いなくなった店内でエプロンを脱ぐ。
どうやらこの後予定があるらしく、彼女は閉店まで一時間というところで退勤らしい。

「あはは、また来るから、その時にね、梓ちゃん」
「ほんとに?
来てくれます?」

ずい、と顔を突き出してくる梓ちゃんに若干引きながら私は頷く。
二人のパイプ役もやらなくちゃいけないし、その時だけ来る、よりも、そんなことなくても定期的に来る、ぐらいの方が怪しまれずに済むだろう。

「もちろん。
足も治ったし、研修ラッシュも落ち着いて仕事余裕出てきたし、また来るよ」
「やったー!
絶対ですからね!」

そうやって喜んでくれるのは、やっぱり私としては嬉しくて。
頼りになるお兄さんだらけになったこの世界で、数少ない妹分の頭を撫でた。