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組織での立ち位置をより中枢へと近づけるために、人に言えないことも平気でやった。
やらずに済むときはヒロや風見たちにバックアップしてもらいできるだけ避けた。
僕の心は全力で正義を謳うのに、僕の行いは正義から離れていく。
潜入捜査官はそう言ったところから精神をやられることが多いらしい。

それでも、ヒロが生きている。
かつての友たちも、危険な現場を生き抜いている。
それが僕を後押しした。
今の僕の支えだ。

ある日、日本列島が一際冷える二月。
ヒロと数日間連絡が取れなかった。

どうしたのかと思って調べると、同時期に班長も事故に遭っていた。
こちらは足の骨折で済んでいるそうだが、暫くは職務は内勤になりそうだ。
進退に関しては怪我の経過次第といったところか。

久しぶりに顔を出したヒロが見るも無残にやつれていた。

「…どうしたんだ、ヒロ」

普段やつれるのは僕の方で、いつも飯の世話をしてくれたのもヒロだ。
いや、と憔悴しきった顔で笑う。

「班長が事故に遭ったらしいな」

そう言うと、一瞬、僕以外の誰かだったら気付かなかったであろうほどごく僅かなタイムラグがあった。

「あぁ、班長は元気そうだって聞いたよ」
「何があった」
「何も?」

そういうヒロは、わざと目を合わせない。
目を合わせたら気付かれると解ってるからだ。

「ヒロ…!」

肩を掴んで正面を向かせる。
それでも、ヒロは視線を下げたままだ。

「…いつか。
いつか、言うよ」

そのいつかは、本当に来るのか?
そう聞きたかったけれど、ヒロの様子を見るとそれも憚られた。

「でも、もう大丈夫だから」

後に続いたその言葉を、今は信じるしかなかった。

だが、こちらの心配とは裏腹にヒロはすぐに回復した。
暫くして組織の動き方が変わってきたのを察知して、会う頻度を減らそうと言われた。

確かに、ライ…赤井が裏切り者として逃亡して以来僕はベルモットと組むことが増えたし、頻繁に会うのは危険だ。
死んでいることになっているとはいえ、ここで僕が公安だと気付かれれば僕もヒロも赤井も、公安、FBIもろとも危ない。

ヒロの提案には大人しく頷いて、僕たちは一部重なっていた拠点も全てバラした。






ポアロのバイトを始めた頃、ヒロから連絡を受けた。

「俺の協力者を使いに出すから、USBでデータのやり取りをしないか?」

今までは風見に行き来をさせていたが、それも高頻度になると目につく。
僕自身ポアロ、探偵業を増やすと時間もそう取れなくなってくるだろう。

「構わないが、協力者って誰だ?」
「あとで特徴連絡するよ。
金曜、ポアロで」

必要事項だけ告げて、プツリと切られた。
元気になってくれたのはいいが、あれ以来何かが吹っ切れたのか少し自由だ。
子供の頃に戻ったと言えば聞こえはいいが、少々心配になる。

ひとまず金曜まで待つしかないか、と小さく息を吐いた。






昼を過ぎたころ、平日ということもあって少し店は空いていた。

一杯目コーヒー
二杯目コーヒー+ショートケーキ
三杯目紅茶

中々長時間居座ることが前提そうなメニューを頼むと言われて、僕はいつ来るのかと待っていた。

カラン、と既に聞き慣れたベルが来客を告げる。
ドアには初めて見る女性が一人で立っていて、いらっしゃいませ、と僕は口を開いた。

「…あれ!
ひなちゃん!」

僕の声をを遮るように梓さんが彼女の名前を呼ぶ。

「梓ちゃん、久しぶりー」

後ろ手で扉を閉めた彼女は、手をぱたぱたと振っている。
どうやら梓さんの知り合いのようだ、と僕は彼女の対応を梓さんに任せて軽作業を続ける。

「久しぶりですー!
お仕事は?」
「今日は午前中病院行ってたから、お休みなの」

病院、という言葉を聞いた。
風邪か。
否、風邪だったら喫茶店など寄らずに帰るだろう。
服も病院というにはきちんとし過ぎている。

「そうなんですね!
体調大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。
次が最終検査の予定だから」

梓さんの反応的にも、通院は長かったのだろう。
僕と年齢は変わらなさそうだから、大変な人生を送っていたのかもしれない。
そう思うと、梓さんの友達かと思った彼女の正体に当たりを付けられる気がした。

「よかった〜!
あ、注文どうしますか?」
「ホットのコーヒーで」
「はーい!」

一杯目はコーヒー。
まさか梓さんの知り合いが該当するとは思わないが、候補は候補だ。
現在店にいる中で三人目の該当者。
脳の片隅に刻んだ。

梓さんが手招きで僕のことを呼ぶ。
どうしたのだろうかと思って近寄るとどうやら友人を紹介したいのか、彼女と向かい合わせになった。

「安室さん、こちら、3月までここでバイトしてた二城ひなちゃん。
ひなちゃん、先日入ったバイトの安室さんです」

なるほど。
先ほど考えた可能性はどうやら正解だったらしい。
“二城さん”の噂はマスター、梓さん、常連さんからよく聞いていた。
病院通いをしている女子大生で、二月に事故に遭ったが無事退院、大学卒業したあと、数週間ポアロに再出社した薄幸の女性。

「はじめまして、安室です。
噂のひなさんにお会いできて嬉しいです」
「二城です、よろしくお願いします。
ところで梓ちゃん?噂って何かな?」
「あー、コーヒーですね、すぐ淹れてきまーす」

そう言いながら逃げようとする梓さんに、僕は笑みを浮かべて言う。

「梓さん、僕やりますよ」
「え?いや…」

これも勉強ですから、と今朝マスターが引いた豆を手に取る。

「ありがとうございます」

力なく呟いた梓さんとひなさんが雑談する声を聴きながら、教わった通りに淹れていく。
オリジナリティを出すのはもう少し経ってからにしよう、と心に誓って。