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それから、ひなさんは宣言通り定期的に顔を出すようになった。
ポアロのシフトを第一に、公安、組織の仕事、怪しまれない程度に探偵の仕事をしていると、思っていた以上に日々は一瞬で過ぎていくようになったが、ひなさんが来る日はお使いがある日もない日も、店での話題が尽きることはなく灯りが点るように温かく感じた。
探偵事務所に仕掛けた盗聴器から事件を察知して、サンドウィッチを持って上の階へ向かう。
「お疲れ様です、安室さん」
その途中で、彼女に声をかけられた。
今日はお使いはないから、純粋に客としてきたのだろう。
「ひなさん。お疲れ様です」
なんとなく声をかけてもらえたことが嬉しくて笑みを返す。
じゃ、とポアロへ向かおうとする彼女を呼び留める。
「先日毛利先生たちがひなさんに会いたそうにしていたので、良ければ一緒に上行きませんか?」
先日、蘭さんにひなさんと会った旨を伝えると、非常に羨ましがられた。
彼女が小学生の頃からひなさんはポアロの常連、そして店員になった経歴のためか、蘭さんは姉妹のように慕っているらしい。
悩んでいるのか、微動だにしない彼女の様子に首を傾げる。
「じゃあ、少しだけ」
何に悩んでいたのかは分からないが、彼女は決断して僕の後ろを着いてきた。
事務所にするりと入室して、サンドウィッチの差し入れを渡す。
後ろにいた彼女に気付いた蘭さんがぱぁぁ、と目に見てわかるほどに表情を明るくさせた。
「ひなちゃん!
久しぶりー!」
「なに!
ひなちゃん!?」
ガタリと立ち上がった小五郎に、若干置いてけぼりにされる僕とコナン君。
年上に対して基本丁寧語の蘭さんの砕けた様子に、確かに姉妹のようだと少し微笑ましくなった。
「ご無沙汰してます」
「今下でひなさんに会ったので。
蘭さんが会いたがっていたなぁと思い出して、声掛けちゃいました」
ありがとうございます、と言う蘭さんの声はいつもより高い。
「体もう大丈夫?
お店辞めちゃってから会えなかったから、ずっと心配してて…」
「お陰様で。
最近は漸く仕事も慣れてきて余裕出来たんです。
またたまにポアロ来てるから、会えた時はよろしくね」
当然ながら僕とも梓さんとも違う関係性だ。
彼女は蘭さんの頭をぽんぽんと撫でた。
「ちょ、ちょっとひなちゃん、私もう高校生…!」
空手の猛者である蘭さんは柔らかくひなさんの手を握って頭から離す。
これが不審者の類であれば捻るのは容易いのだろうが、当たり前ながらその実力はひなさんに発揮されることは無かった。
彼女はふと、コナン君を視界に入れて首を傾げた。
「蘭ちゃん弟いましたっけ?」
彼女の問いには小五郎がちげぇよ、と答える。
「コナン君は、新一の親戚なの。
訳があって今ウチで預かってて…」
「新一って工藤新一君?
確かに、ちょっと面影あるね」
毛利家がコナン君を預かってるのは今年度からだそうだから、就職して以来来ていなかった彼女は会っていないのも当たり前だ。
工藤新一とも深い接点は無かったようで、印象は曖昧なようだ。
「江戸川コナンです。
よろしくお願いします」
やたら元気に挨拶をした彼に目線を合わせて、よろしくね、コナン君、とひなさんは笑った。
これからコロンボに行くという彼らに便乗する僕と、距離を取ろうとするひなさん。
「お仕事の邪魔はできませんし、私はこれで」
そう言って事務所から出ようとしたひなさんの腕に抱き付いて、蘭さんが必死にひなさんへ同行を求める。
可愛らしい戦いだな、と思いつつ静観するが、恐らく勝敗は初めから決まっていたのだろう。
チラリと視界に入れられたのは助けだと察したが、師匠と称しているこの男が動かないのなら、僕があえて拒否するのも可笑しいだろう。
助けには気付かないふりをすることにした。
この戦いはコロンボを出る時にも繰り広げられたが、ひなさんの勝利は年単位で見られることは無さそうだ。
事務所に戻った結果、彼女を事件に巻き込んでしまった。
こんなことならひなさんが離れる手助けをするべきだったか、と後悔するのも後の祭りだ。
警察を呼べば、来たのは前回と同じ班だった。
毛利家との出会いの事件から二度目の班長との邂逅は、一度目よりも班長の反応は無い。
僕の所属を察しているだろうし、敢えて関わることもなかった。
だが、今日班長が反応したのは僕ではなく別の人だった。
「ひなちゃんじゃねぇか」
「こんばんは」
少し顔の青いひなさんが気の抜けた笑顔を零す。
当事者を除く全員が、二人の接点が分からず首を傾げている。
その状況に気付いたのか、目暮警部に紹介するように彼女の肩を叩く。
「俺が事故った時に庇ってくれた子ですよ」
部屋にいた全員があぁ、と頷いたその言葉に、僕は目を見張った。
班長が事故に遭った時ということは、ヒロがやつれていた時期でもある。
「あの時の…!
僕、何も出来なくて…ありがとうございました!」
「とんでもない、私は何も出来てないですよ。
周りに迷惑かけるばっかりで、」
ひなさんと高木刑事の言葉を聞きながら、相関図を整理する。
ポアロの常連で店員だった彼女が事故に遭ったのは同時期なんてものではなく、今言った通り班長を庇ったものだ。
ということは、恐らくその頃にはヒロとも交流があったはずだ。
友人の事故で心配こそあれど、あそこまでやつれるはずが無い。
ということは、ヒロはひなさんの事故と怪我に参っていたのだ。
結局のところ、ヒロとひなさんの関係性はわからないが、可能性がひとつ、浮かび上がる。
僕は、身を呈して他者を庇う子を、知っている。
可能性を一先ず端へ追いやって、今目の前にある事件に意識を戻した。