5
探偵事務所での捜査を終えたあと、圭さんを送ることになった。
完全に巻き込んでしまったが、せめて安全に送り届ける事だけはしよう、とひなさんも車に乗せる。
そして、これこそが最大の悪手へと繋がった。
拳銃による死体は見せずに済んだが、キャリーの中の腐敗が始まっている死体は、視界に映り込んでしまった。
普段事件とは関わらないひなさんにとっては中々ショックな映像だろう。
心の中で舌打ちをして、とにかく事件を早く片してしまおうと動き出した。
その後誘拐されたコナン君を追うこととなり、ひなさんを助手席に、後部座席に毛利親子が乗せて走り出す。
カタカタと震える彼女を気にかけたいが、気にかけられる余裕はない。
「ひなさん、シートベルトを外して僕の方へ来てください。
蘭さんも、毛利先生の方へ!
蘭さんを支えてあげてください!」
三人それぞれに指示をすると、ひなさんは思いのほか素直に実行に移した。
ここだけなら、蘭さんの方が戸惑っていたように思う。
比較的穏やかなカーチェイスのラストは、僕の車体で相手の車を止めるという荒業だった。
「大丈夫」
衝撃を感じる前に彼女の耳元で呟くと、肩に触れていた手がぎゅっと握りしめられた。
「ひっ」
衝撃に対して聞こえた小さな悲鳴。
「あむ、ろ…さ」
彼女の声が僕の名前を呟いたあと、彼女は意識を手放した。
その呟きに、遥か過去の記憶がフラッシュバックする。
「ひなさん?
ひなさん!」
「ひなちゃん?」
僕の声で、ひなさんの異変を感じた蘭さんが後部座席から顔を覗かせる。
脈は正常、ただ気を失っているだけのようだ。
その様子を見て、親子は息を吐いた。
「事故ったあとだからな。
フラッシュバックしたのかもしれない」
そう言った小五郎の言葉にやらかした、と思ったのも後の祭り。
今日の僕は彼女にとって悪手しか取っていない。
現場検証を終えたあと、毛利親子は警察が送ってくれることになった。
ポアロのマスターに住所を聞く、と伝えて彼女を送ることにした僕は、彼女を後ろに寝かせて車を発車させた。
運転をしながら友人に電話をかける。
「ヒロ、今からそっち行っていいか」
「え?
どうかしたのか?」
焦ったようなヒロの声に、詰られるのを覚悟して事の顛末を告げる。
暫くの沈黙の後、わかりやすく溜息をついたヒロが了承したのを聞いて、進路を確定させた。
ヒロのベッドに彼女を寝かせてから、僕はリビングで正座をしていた。
「ひなちゃんが事故ってたってポアロのひとからも聞いてたと思うんだけど?」
「いや、僕も初めからカーチェイスをするつもりだった訳じゃなくて…。
遺体のある部屋に置き去りにする訳にも行かないし、せめてちゃんと送り届けなきゃと思って…」
言い訳だけは出てくるが、全く結果が伴っていない。
その自覚はあるから、そんなジト目で見ないでくれ。
ほんとに、ごめんって。
暫くそんなやり取りをしていると、隣の部屋からぎ、と物音が聞こえた。
彼女が目を覚ましたのだろう。
「ひなちゃん、大丈夫?」
即座に扉を開けたヒロを視線で見送ってから、僕は足を崩した。
少し痺れてきたところだったから助かった。
「ったく、ゼロのやつ…。
ひなちゃんが事故ったって知ってるだろうに」
ひなさんの声は聞こえないが、ヒロの声は聞こえる。
いや、わざと聞かせてるのか。
ごめんって言ってるのに…。
そのあと、彼女を寝かしつけるヒロの声が聞いたことがないくらいに優しいものだった。
あぁ、そうか、ヒロは帰る場所も、休める場所も見つけたのか、と微笑ましいと同時に少し置いてかれたような気持ちになった。
「大丈夫そうか?」
戻ってきたヒロに聞くと、ヒロは頷く。
「ひとまずはね。
何かあったら明日病院に連れてくよ」
改めて謝って、車の鍵を渡す。
「もう走れそうにないから風見に言付ける。
渡しておいてくれ」
「そんな車体でここまできたのか…」
呆れた溜息を吐かれて、何度目か分からない謝罪を口にする。
「…なぁ、ヒロ」
「ん?」
「彼女、僕も昔会ったことあるか?」
ずっと思い出せなかった、彼女の見覚えのある容姿。
今日、その答えが出た気がして僕は問う。
「あるよ」
はぐらかされるかと思えば、存外簡単に返された真実。
思い至ったのは、ただひとり。
「…あの、事故の子か?」
「なんだ、気付いたのか」
どうりで見たことがあるはずだ。
初日に彼女が言っていた“知り合いでは無い”も理解出来る。
僕たちの知る、もうひとつの正義の形。
その正義は自己犠牲が過ぎるが、彼女には幸せでいて欲しいと願っていた。
彼女は萩原の「神様」と同一人物で、つまり爆弾事件に巻き込まれたことがあるということ。
そして班長の事故も庇い、自身も大怪我を負っている。
薄幸というのも言い得て妙だな、と思う。
「あまり彼女に無理させるなよ。
すぐ飛び出していくから」
それは中学の頃、初めて彼女を見た時から既にわかっている事実だ。
ヒロの言葉に頷いてから、僕はひとり帰路に着いた。