4



有給消化で午後半休を取ったその日、昼食を取ってから本屋に寄って帰路に着く。
目当ては好きな小説の続刊で、随分長いこと待っていたので純粋に嬉しい。
帰って読むか、ポアロに行って読むか。
そんなことを考えながら歩いていると、公園の傍で宅配業者のトラックに入る子供たちを見つけた。
そういえば、まだコナン君以外の子供たちとは会ってないなぁ、なんて思ってその背中には声をかけずに去ろうとした。
あの話が始まるなら、ポアロも止めとくか、と思った時だった。

「ひなさん?」

すると、聞こえたのはコナンくんの声だ。

「…コナン君?」
「伊豆以来だね!」

にっこりと微笑む小学生に、今の自分はどう映ってるんだろう。
視線が刺さるようなのは気のせいではないだろう。
そんなことを心のどこかで思いつつ、そうだね、と笑って誤魔化す。

「あのあと、頭ぶつけたとこ大丈夫だった?」

次の日の様子を見るに問題なかったのだろうが、大人として一応聞いておく。

「うん。
ねぇ、ひなさんって何者なの?」

コナン君のその言葉を、大尉いなーい、という歩美ちゃんの声が掻き消す。
物語には無かった流れが始まる。

「大尉?」
「うん、ポアロに来てる猫がいたんだ」
「おねーさん、奥見れる?」

関わるつもりなんてなかったのに、そう言われてしまったら覗かない訳にはいかない。
嫌な予感しかしないが、猫の命は大切だ。
それが梓ちゃんが可愛がってる大尉なら尚更。

私は諦めてトラックに登り、奥に進む。
奥に入っても見れず、更に奥に入り込む。
そして大尉の姿を確認したことを告げようとしたところで、無情にも扉は閉まった。

知ってた。
わかってた。
ここまで来たら、完全に巻き込まれることくらい。

「……大尉は、いたよ」

温かい猫をぎゅっと抱き上げて子供たちに預けた。

「お姉さん、コナン君のお友達?」
「うん。
コナン君のおうちの下にあるポアロで、去年まで働いてたの」
「へー!
あたし歩美!」
「二城ひなです」
「ひなお姉さん!」

歩美ちゃんに続いて他の子供たちも自己紹介してくれた。
光彦君、元太君、哀ちゃん。
トラックが動くと同時に解れていく哀ちゃんの服の毛糸を切っていいか彼女に聞くと、頷いてくれたので謝りつつ持っていたソーイングセットの鋏で切った。
とはいえ、ワンピースがトップスの丈になってしまったので、私が羽織っていたニットを手渡せば、彼女は一瞬悩んだあと受け取ってくれた。
だが、羽織る前にトラックが止まり、恥ずかしがった哀ちゃんに腕を引かれて奥へと隠れることになってしまった。
覚悟はしていたが、物語から外れる道は用意されないらしい。

そこまで終えてから、私はことの成り行きをコナン君達に託した。

「ひなさん、スマホ持ってない?」
「…ごめんね、昨日充電忘れちゃったせいで、もう電源落ちちゃってて」

本当は電源はあるが、さっきこっそり機内モードにしただけだけど。
カバンの中も、貴重品を除くとパウダーとあぶらとり紙、リップ、空の水筒、ソーイングセットとハンカチしか持っていなかった。
…今後は筆記用具、持ち歩こうかな。

にしても。
今、私は薄手のカットソーしか着ていない。
大人なんだから、と哀ちゃんにニットを貸したのはいいけど、冷え切るまでは時間の問題だ。
なお、既に手足の感覚はない。
そもそもが寒がりなんだよなぁ、なんて己の体質を恨む。



この話は。
ポアロの近くまで来た時に大尉を逃がして、降谷さんに助けを求める。
だが、レシートが飛んでいっちゃうからすぐには助けて貰えなくて。
阿笠博士の家宛の荷物を見つければ、間もなく助けは来る。



感覚はなくても、一先ずぐーぱーを繰り返して寒さを凌ぐ。

はやく、はやく。

あぁ、でも、頭がぼんやりしてきた。
寒くもなくなったような気がする。

違う、これは物語の中で言ってた、病状が悪化した合図だ。
大尉は随分前に逃がした。
なら、きっともうすぐだ。

はやく、はやく。

はや、く。

たすけて。



目を覚ました時、私がいたのは自分の家だった。
いくつかの湯たんぽに囲まれていて、秋口なのに温かい。
むしろ暑い、否熱い。
滲んだ天井が鮮明になる頃、部屋のドアが開いた。
視線を送ると、そこに居たのは諸伏さんだ。

「…気分はどう?」

伊達さんの事故の時ほどでは無いけど、疲れた表情の諸伏さんに、大丈夫だと告げる。

「よかった。
さっきまでゼロも居たんだけど。
仕事入って出ていったところ」

忙しいのに、居てくれたのか。
今度お礼しなきゃ、と心に決める。
消えものにしようかどうしようかな、と考えるが形にならないので脳みその端に放棄した。
また後で考えよう。
体を起こすと、諸伏さんはカーテンを開ける。
なんと、夜かと思えば外は太陽が眩しい。

「ちなみに、トラックの件は昨日。
今は翌日の昼だよ。
土日でよかったね」
「ひぇっ」

諸伏さんに言われて、私は頭を抱えた。
わぁ、それは本当に良かった。
有給の翌日男性から休みの連絡入れるとかイヤ過ぎる。

「そこで、俺とゼロから、ひなちゃんに贈り物があります」
「え」

唐突に諸伏さんに言われて、私は顔を上げる。
二人に贈り物されるような立場じゃないけど、どういうこと?

「ひなちゃんの職場、アクセサリー大丈夫だよね〜」

そう言いながら私の目の前に出したのは、ピンキーリングだ。
少し幅のあるデザインリングだが、フォーマルにもカジュアルにも合わせられる優れモノだ。

「ちなみに、こちらの性能は?」

受け取る前にそう聞くと、彼はにっこりと笑ってGPS機能、と告げた。
うん、わかってた。

「最近、事件に関わりやすくなっただろ。
ポアロや毛利探偵関係でゼロが傍にいればいいけど、今回みたいにいない場所で関わったら個人的にも、協力者としても心配だし。
何よりひなちゃんには前科があるし」
「ぐ」

事故のことを言われてしまうと、私は受け取る以外の選択肢がない。
わかっていてわざわざ口にしたのだから、やっぱり公安、彼も策士だ。
ショカツのコウメイの弟なだけある。
兄弟好きです。

はい、と受け取りを催促されたリングを大人しく受け取って、左手の小指につけるとぴったりだった。

「ひなちゃんはアクセサリーとか左手に着けたい人?」

私の左腕につけてるヘアゴムのことだろう。
まぁ、と頷く。

「右手にあると落ち着かないんだよね…」
「あはは、それはわかるかも」

爽やかに笑う彼にでしょ、と頷く。

「普段からデータ追うようなことはしないけど、生活範囲から大きく外れたらアラート来るようにしてるから、遠出する時とか教えてね。
あと、仕事で遠くに行く可能性があるのは…法務局くらい?」

総務の私が直接顧客の元へ行くことは無い。
諸伏さんの問いに頷くと、彼は了承の意を示した。
アラートが鳴らないエリアに加えてもらえるのだろう。

「最後に、もし生活エリアで危険な目に遭ったら、この指輪壊して。
それでもアラートが来るようにしてあるから」

当たり前に壊す、なんて言ってくれるが、そんな簡単に壊れるものなのだろうか。
私、降谷さんみたいに公式ゴリラじゃないんだけど…。
そんなことを思いながら指輪を見ていると、大丈夫と諸伏さんが笑う。

「身につけてる分には壊れないけど、力入れたら壊れる程度には設定してあるから」

昨日の今日で?
そう思ったが、これ、違うな、と気付いた。
本当はもっと前から用意していて、渡すタイミング計られていたのだろう。

こくりと頷くと、彼は満足したように笑った。