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ミステリートレインでエレーナ先生の娘、宮野志保の保護に失敗した。
ベルモットの思惑にまんまとハマり、目の前で彼女は爆発に巻き込まれた。
エレーナ先生の忘れ形見である明美も、妹すらも守ることが出来ず、僕は歯を食いしばった。
そんな無念と、やっても終わらない仕事に追われている内にポアロに出勤できずに暫くが経っていた。
そろそろ出勤できるか、と思ったタイミングで園子さんに伊豆でのテニス旅行に誘われて、僕は肯定した。
コナン君の動向はやや気になるものがあり、それを確認したいとも思っていたから丁度いいだろう。
テニスウェアは風見に用意してもらい、ラケットは私物を持ってきた。
テニスは腕を壊しているから全力とはいかないが、息抜きにはなるだろう。
そんな予定も目前になって、園子さんから連絡が来た。
“ひなさんも誘ったから、送り迎えよろしく!”
そんな一文と恐らくひなさんの連絡先。
なんとなく、また断れなくて挙動不審になっている彼女の姿が思い浮かんだ。
まだ数回、しかもポアロでしか会ったことはないが、大切な相手のお願いを断れないのはわかりきっていた。
そんな理由で得た彼女の連絡先。
当日の朝、彼女の住むアパートの前に車を止めると、彼女は既にそこに立っていた。
僕からヒロに言う前に、ヒロから楽しんでおいで、と言われたから、彼女とヒロの情報共有はこまめに行なわれているらしい。
子供の頃に1度しか会ったことのない彼女を信頼する要素のひとつだ。
僕はまだ、彼女自身をきちんと知らない。
「おはようございます」
車を降りると、車体越しに声をかけられる。
それに返しながら彼女の傍へと向かって、持っていた荷物を預かる。
荷物をさっさと後部座席へと置いて、彼女に座るよう促した。
彼女は困ったようにありがとうございます、と呟いた。
ヒロには安全運転で、と先日のカーチェイスを言外に窘められたが、僕だって事件が絡まない時は普通に運転している。
そもそも普通に運転してる時間の方が長いのだ。
当たり前だろ、と返すと電話の向こうの幼馴染みは納得したような、してないような煮え切らない答えだった。
「よろしくお願いします」
運転席に戻ると、彼女が会釈をしてそう言った。
律儀な人だ。
「安全運転で行きますね」
「お願いします」
…まさか、ひなさんにもカーチェイスがデフォルトだと思われているのだろうか。
さすがに心外だ。
“安室”としてはむっとはできないから、苦笑をひとつ零した。
道中、雑談をしていた訳だが、ふと気になって彼女に問う。
「ひなさんはテニスやるんですか?」
いえ、と頭を振ったあと、あの日の真相を教えてくれる。
彼女の話の最後には蘭さんも登場して、予想通りだったな、と思わず笑い声を零した。
「ひなさん、本当に蘭さんに弱いですね」
「安室さんからの無茶振りは全力で避けたい所存です」
「えぇ、僕はだめなんですか?」
安室としてひなさんに無茶振りをする予定はないが、Noと言われればその後を追いたくなってしまう。
すると、彼女はじっと僕のを方を見た。
「安室さん、ポアロの客層変わったのわかります?」
「え」
唐突に問われて、思わず口ごもった。
いや、自覚はある。
調査をした時と、バイトを始めた直後は若い女性客は少なかった。
今は放課後、仕事後の時間帯は女性率が高く、前からの常連には申し訳ないことをしたと思ってはいる。
売上に貢献しているのと、時期が終われば去るのでどうか許して欲しい。
「私のこと元従業員って知らない人多いんですよ。
炎上はゴメンです」
梓さんと同じ言葉に、ふふ、と笑う。
「炎上ですか…。
僕たち、人には言えない仲なんですから…気をつけなくちゃいけませんね?」
丁度信号が赤だったので私さんの方を見て首を傾げると、彼女は大きく頷いた。
彼女はかぁ、と頬を紅潮させる。
「ほんとに!
その誤解しか産まない表現外でしないでくださいね?
安室さんが平気でも私が変なことしちゃったら意味無いんですよ!?」
「もちろん、ひなさんに迷惑かけたくありませんから。
気をつけますね」
僕の言葉で彼女の表情が変わったのが嬉しくて、自然と口角が上がる。
じと、っとした視線はひしひしと感じたが、敢えて言及はしなかった。
ひなさんとの軽いやり取りのおかげで、最近の陰鬱とした気分を塗り替えられた気がした。