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目的地に先に着いたのは僕たちの方だった。
園子さんに連絡してみると、一日借り切ってるから、ということで先にテニスに興じることにした。
恐らく、いざ指導となれば彼女は見学しているだろう。
簡単にラケットの振り方を教えるが、普段運動をしない彼女には片手で振らないよう伝えた。
簡単に打っているように見えて、案外衝撃が強い。
怪我しかねないし、怪我を免れたとしても、ラケットを飛ばす可能性がある。
案外運動神経はいいのか、ラリー程度ならすぐに彼女はこなせた。
時折変な方向に飛ぶが、球のスピードは緩く追いつく程度だ。
「あははっ、楽しい!」
普段、ポアロでは見れない軽快な笑い方に目を細める。
あの日、血塗れで倒れていた名前も知らなかった彼女がこうして笑っている。
それはなんて幸せなことだろう。
願わくば、彼女が笑っていられる時間が一秒でも長く続きますように。
そんな願いは、全員でテニスを初めて暫く経った頃、呆気なく崩れ去った。
コナン君の意識不明から、殺人事件のコンボ。
彼女に遺体を見せないことは成功したが、一度彼女が被疑者では、と疑われたのは流石に誤算だった。
「突然来る予定になったってことは、もしかして彼がここに来ることがわかったからでは?」
この刑事飛ばしてやろうか。
そんな事を思ってる矢先に、女子高生二人が誘ったのは自分たちで、もともとひなさんは辞退しようとしていた、と噛み付いて事なきを得た。
無事帰路に着いた。
ふと、通り道にヒロのセーフハウスがあることに気付いて思い至る。
このまま家に帰るより、一度ヒロに会えた方が彼女も落ち着くのではないだろうか。
そう思ったが吉日、ヒロの家の前に車を止めると、彼女はポカン、とした表情でそこに居た。
「安室さん、どうして…?」
「落ち着くかと、思いまして」
そう伝えると、彼女は首を傾げる。
少しの間黙っていたかと思うと、あ、と彼女は呟いてから少し言いづらそうにあの、と言葉を紡ぐ。
「私、緑川さんとは付き合ってないですよ」
「え」
目が点になる、とはこの事だろう。
いや、正直本当に付き合っていると思っていた。
直接確認した訳では無いが、ヒロとあの時の彼女が恋仲ならこんなに嬉しいことはないし、心から祝福していた。
どちらに対してかは分からないけれど、ひとり取り残されたようで、少し寂しいかな、とは思ったけれど。
気まずさを誤魔化すように頬をかく。
「あの、安室さん?」
「すみません、勘違いしました」
「ですよね」
ふふ、と微笑む彼女に申し訳なくなる。
「…自宅、帰られますか?」
念の為、ヒロに会ってくか言外に問う。
すると、彼女は少し悩んでから逆に問いかけてくる。
「貴方は、私が車を降りた場合、帰っちゃいます?」
「そうですね」
ヒロに会うかどうか問われたのだろう。
その言葉には迷わず頷いた。
組織の目が何処にあるか分からない以上、お互いの家に行き来することは控えたい。
「じゃ、お手数お掛けしますが、自宅までお願いしてもいいですか?
…あ、このあとお仕事とかあるならここの最寄りの駅まででも」
気遣いの鬼だな。
そう、思った。
何が起きる度に彼女から質問や態度には気遣いや遠慮が見える。
まるで、自分がここにいてはいけない、とでも言うように。
仕事が違っても、たとえ彼女が七年間眠って意識がなかったとしても、僕たちは同じ人間で、同い年なのに。
「いえ…お送りします」
少し、ほんの少し、面白くないな、と思ったのは声に出ていた。
誤魔化すようにサイドブレーキを外し、シフトレバーを切り替えて車を動かし始めた。
「ありがとうございます」
彼女の声が、静かな車内に凛と響いた。