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ポアロでお昼でも、と思って来店しようとした私は、上の階から聞こえる蘭ちゃんの叫び声を聞いて思わず階段を覗き込んだ。
バタバタと物音が聞こえる。
暴漢や強盗の類だったら私に手伝えることは無いが、そうなれば物語にあるような気がする。

さすがに物語全てを覚えていることはできなくて、何かあったかな、と悩みながら暫く階段を見上げている。
コナン君と二人で階段を降りてきた蘭ちゃんの目には涙があった。

「蘭ちゃん?
どうしたの?」

思わず聞くと、ひなちゃん、とその瞳を揺らす。

「お母さんが、緊急手術、して…」
「英理さんが?」

英理さんは、私はあまり接点なかった。
私がポアロで働き始めた頃には既に別居していたし、時折帰ってきた時に挨拶をする程度。
でも、綺麗な仕立てのスーツをピシリと着てその背を伸ばすキャリアウーマン。
女が惚れる女。
そんな彼女は、私の憧れでもあった。

「大丈夫?
私も行こうか?」

行って何が出来る訳でもないがそう聞くと、蘭ちゃんはコクリと頷いた。
コナン君を真ん中にタクシーに乗り込んだ。
蘭ちゃんはずっと小五郎さんに電話をしていたが、最後まで出ることはなかった。
その様子を見て、私は心の中で頭を抱えた。
これ、「ギスギスしたお茶会」じゃない?

やってしまった、と思っている矢先に病院について、英理さんの病室へとやってきた。
英理さんは虫垂炎…いわゆる盲腸だったので、無事手術も終わり、早めに家に帰れるようだ。 安心してまた涙目になる蘭ちゃんによかったね、と伝えてると、彼女は嬉しそうに頷いた。

英理さんが目を覚ましたあと、飲み物買ってきますね、と少しの間退室をして、親子で過ごしてもらうことにした。

敢えて時間をかけて病室に戻ると、既に降谷さんとコナン君たちが邂逅していた。
降谷さんと目が合うと、作ったような笑みで笑いかけられた。

「ひなさん」
「安室さん?
こんにちは」
「早々にすみません、楠田陸道ってご存じですか?」

ご存じです。
とは言えないので、えっと、と一瞬考える。

「多分、知らないと思うんですけど…。
どんな方ですか?」

模範解答ではなかろうか。
“知らない”ときっぱりと言い放つコナン君への当てつけのようなものだから、疑問を返せば最低でも及第点は取れるだろう。
満足したような表情で、コナン君に高説垂れているのを眺める。
悪の組織のひとみたいだなぁ、と首を傾げつつその様子を眺めているが、そうでした、この人潜入捜査とはいえ黒の組織の人です。
現在進行形で疑われてる人です、と自分で突っ込む。

病院での事件は私は関わらずに済むだろうけど、この後はどうなるんだろう。
私は赤井さんとは無関係だ。
おそらく道ですれ違ったことすらないし、緋色に関わることもないだろう。
あ、でも、降谷さんは本当に赤井さんの死を知らないのだろうか?
表が同じ流れを沿ってるからと言って、バックボーンまで同じだとは限らない。
私が知らないだけで、後ろは全く違うことになってる、なんてこともあり得そうだ。
だって、現に警察学校組が生きている。

そんなことを考えている内に、近くの病室から叫び声が聞こえる。
私はその叫び声から逃げるように英理さんの病室に戻る。
少しだけお話をして、病室もお暇させてもらった。
三十六計逃げるに如かず。

“私は無関係です”。
多分、きっと。