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数日後の早朝、私は諸伏さんに呼ばれて彼の車に乗り込んだ。
「どこ行くんですか?」
答えてはくれないだろうが念のため聞くと、彼はひなちゃんも知ってるところ、と答える。
ポアロ。
な、訳ないよねぇ、と候補を思い浮かべるが、わかる訳もなく早々に放棄した。
放棄したのがわかったのか、諸伏さんはあはは、と軽く笑った。
「知ってるけど、行ったことはないと思うよ。
多分ね」
そんなの、この世界には五万とある。
ヒントに見せかけて全くヒントじゃないとか、天邪鬼ではなかろうか。
「緑川さん、意地悪」
そう言うと、私が言いたいことの背景までわかったのかまた彼は笑った。
「まぁ、すぐ着くから待ってて」
“安室さん”とも違う爽やかさと人懐っこさは天性のものだ。
“安室さん”は残念ながら人工である。
ついでに言えば、無精ひげが生えているのに、不衛生にも見えないのも素晴らしい。
そしてやってきた場所に私はあんぐりと口を開けた。
「緑川さん、こちらは」
「ひなちゃんなら知ってるでしょ?」
すっごい、当たり前に言ってくるじゃん。
いや、知ってますけど。
紛れもない工藤邸ですよね。
もしかして、緋色の帰還の翌日だったりする?
サングラスをかけた彼がチャイムを鳴らすのを横でドギマギとしながら眺める。
「あぁ、来たか」
そう言ったのは紛れもなく赤井さんの声で、私はひっと声を上げた。
「…?」
「あぁ、俺たちの協力者だから大丈夫」
私の存在を察知して赤井さんは怪訝そうに顔をしかめるが、諸伏さんの言葉に納得したのか家の中へと招いた。
そして、室内にいたメンバーに叫びそうになったのをこらえるのは私の方だった。
ジョディ先生、キャメル捜査官、工藤有希子さん、コナン君はわかっていたが、そこになんと降谷さんと風見さんがいる。
コナン君も私を見て目を見張っている。
っていうか、えぇ、と声を上げていた。
いや、私は…、私は何も知らないんだ。
何も知らないんです。
ちょっと諸伏さん私に心の準備させてくれたってよかったんじゃないの!?
なんて完全八つ当たりを心の中で叫ぶ。
「さて、自己紹介は後に回して、スコッチ。
君にも変装してもらおうか」
「オーケー。
初めまして、有希子さん。
赤井に変装技術を教わってました。
僕の変装もチェックしてもらっていいでしょうか?」
「もちろんよ!
じゃあ向こう行きましょ」
右も左もわかってい私を置いて行ってしまう諸伏さんに、私を横目で見ながら部屋を出るコナン君。
え、何のいじめ?
「ひなさん」
安室さんと同じ声で、でも安室さんの甘さのない、降谷さんだとわかる声だった。
安室さんにはいつも名前で呼ばれてるのに、ドクリと心臓が音を立てて鼓動を刻んだ。
降谷さんに名前を呼ばれるだけでこんなに心臓がうるさいなんて、私はどれだけ降谷さんが好きなんだろう。
名前を呼ばれて、私は降谷さんと風見さんの傍に行く。
初めましてな風見さんに会釈をすると、私のことを認識はしてるのか会釈を返してくれた。
私は知らない人の体だ。
誰の傍にいても心臓に悪いが、誰か一人を選ぶなら降谷さんの傍が一番安心する。
何故なら、私、公安の協力者。
何の会話もなく、シンとした部屋で待つこと暫く、部屋を抜けた三人が戻ってくる。
赤井さんから沖矢さんへ、諸伏さんから知らない人へ…恐らく彼が“緑川さん”になるのだろう。
そんな変化にまじかぁ、と目を瞬かせた。
「うん、二人ともバッチリねん!」
FBIの三人と有希子さん、コナン君の会話を聞いている。
人も立場も全く把握していない筈の私には謎の空間で、謎の会話だ。
赤井さんに飛行機の時間を指摘されて、じゃあね、と去っていくのは年上の女性とは思えないくらいに若くて可愛らしい。
「さて、昨日ネタバラシもしたことだ。
お互い自己紹介と行こうじゃないか。
赤井秀一、この姿の時は沖矢昴と名乗っている。
FBIに所属しているが、今は君たち公安とこの二人、上司以外俺の生存は知らない。
このまま組織に一手入れるため潜る予定だ」
「ジョディ・スターリングよ。
同じくFBI」
「アンドレ・キャメルです」
FBI側の自己紹介はさらりとしたもので、次は公安側となる。
「公安の降谷だ。
外にいるときは安室透と名乗っている。
組織に潜入捜査中だから街中で会っても不用意に話しかけないでくれ」
「同じく公安に所属している風見裕也です」
「諸伏景光だ。
この姿の名前は、緑川亮かな。
赤井と同様組織に潜入していたが、三年前NOCだとバレたときに死んだことにした。
俺の生存を知ってるのはここにいるメンバーと上司だけだよ」
そして、その三人の自己紹介が終われば、皆の視線は私に降り注ぐ。
ねぇ!
なんで私のこと連れてきたのぉぉおおお。
「諸伏さんの協力者やってます、二城ひなです。
一般人なので何も期待しないでください」
爆笑してるのは諸伏さんだけだ。
ほんとに!!
「ひなさん、公安の協力者だったんだ…」
「ちょっと前からね。
でも、降谷さんも風見さんも初めましてだよ」
コナン君の目線に合わせてしゃがむと、彼はえ、と首を傾げた。
コナン君の視界は後ろにあって、その方向を向いてみると降谷さんが仁王立ちしている。
「僕は初めましてじゃないだろ」
む、と口を尖らせた降谷さんにえぇ、と呟く。
安室さんの皮を被るつもりはないようだが、そのへの字に曲がった口が可愛い、とか絶対に口に出せない。
「安室さんはカウントしてませんけど…。
あ、昔の、一回って数えるんですか?
私殆ど意識なかったのに」
「一回は一回だ」
「じゃあこれが二度目ましてです」
納得したようなしてないような顔。
いや、もう私が何言っても納得する気ないじゃん、それ。
「僕たちは行くぞ。
必要があれば連絡しろ」
降谷さんがそう言ったのを合図に、私たちは四人で工藤邸を後にした。
自己紹介以外してないけど、いいのかな…?