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そんな私を全力でスルーした降谷さんが、袖をまくる。
「取り敢えず、親睦会と行こう。
ヒロ、手伝って」
「お!
やっと一緒にキッチンに立てるな」
男二人でキッチンに向かう様子を眺める。
本来なら、私も手伝いたいところだが、二人の職業を思えば手は出さない方がいいだろう。
冷蔵庫を眺めながら話している二人が眩しくて、私は目を細める。
本当に、奇跡のような時間が続いている今が愛おしい。
泣きそうになったのを誤魔化すために下を向くと、白い毛玉が現れた。
くぅん、と鳴いた毛玉に目を丸くする。
そっか。
君は、今も変わらずに、この人の傍に居てくれるのね。
毛玉、基、ハロ。
「わんこ…」
床にしゃがみこんで、ハロと目線を近付ける。
私の手を懸命に嗅いだハロの頭を撫でる。
「はじめまして、お名前は?」
「ハロだよ」
誰にも届かないはずの問いは確実に届いていて、飼い主から返事が来た。
びっくりして顔を上げると、呆れた様子の降谷さんと吹き出すのを堪えている諸伏さんが二人でこっちを見ていた。
何その顔、絶対バカにしてるじゃん…。
「ハロは頭いいが、流石に自分の名前は言えないぞ」
わかってます。
そう言いたいのを堪えて、横で腹を抱えている諸伏さんを睨む。
「…私の事馬鹿だとか思ってます?」
「いや、女子だなぁって思っただけだよ、ほんと。
ひなちゃんが東都大出身なの知ってるし」
言葉は紡がれるけど、笑ってるのがモロバレだ。
声が震えている。
もー、と呟きつつハロに視線を戻す。
こて、と首を傾げるハロは分かっているのか分かっていないのか。
…可愛いからいいか。
「よろしくね、ハロ」
再び頭を撫でた。
ハロの頭、顎、背中、おしりと順々に撫でていくと、それぞれ好みがあるようで反応が変わる。
可愛いなぁ、と抱き上げて足の上に乗せた。
ポンポンとリズムを取るように撫でていると、思わず好きな曲を口ずさむ。
いくつもの顔で塗り替えていく未来
戻らない時間を胸にそっとしまって
好きだった。
何もかもを失ったあの人が、時折歯を食いしばりながら、拳を握り締めながら、それでも前を向く姿が。
ふとした日本の風景に、彼らを思い出している瞳が切なくて、愛おしかった。
一緒に歳を取れなかった彼らが、今、同じ時を過ごしている。
当たり前のようで当たり前じゃないこの時間がどれだけ尊いものか、私は知っている。
気が付いたら涙が零れていた。
二人に気づかれる前に拭って、ふと、思い出した。
この曲は、あの人の曲だ。
スピンオフで作られた日常アニメのエンディング、つまり、この世界の曲ではない。
私は何を歌ってるんだ。
やらかした。
これだけのびのびと歌っていたんだから、二人にだって聞こえているだろう。
「珍しいね、ひなちゃんが歌ってるの」
やっぱり。
そう思ったのを全力で笑って誤魔化す。
「そうかな」
そりゃそうだ。
ふと口ずさむ歌が本当にこの世界の曲か自信が無いから、外では歌わないように気をつけていた。
「綺麗な曲だな」
「女性のシンガーソングライター好きなんですよね!」
と、何人かこちらの世界のアーティストを上げる。
二人ともピンと来なかったようで、へぇ、と頷いていた。
「ハロ、静かだな」
そう言った彼に、そう言えば、と足元を覗く。
二音でワンと鳴く子が、私が歌っている間はずっと静かだった。
「…寝てる」
「…すまん。
足、大丈夫か?」
「あぐらだったので。
起こすのも可哀想ですし、このままいますね」
そう伝えると、降谷さんはありがとう、と呟いた。
「ご飯もう少しかかるから、また歌ってていいよ」
そう言った諸伏さんに威嚇だけして、私はスマホを弄り始めた。
調理を終えたあともハロはまだ起きなかった。
そうすると、二人はローテーブルを私の傍に移動してくれて、配膳も終わらせてくれた。
私、何もしてない…。
食事を頂きながら、改めて降谷さんと自己紹介をする。
「改めまして、二城ひなです。
よろしくお願いします」
「降谷零だ。
よろしく」
今日は安室さんモード皆無なんだなぁ、とむっつりとした表情が新鮮だ。
「普段、安室さんとしてしかお話したことがないので、新鮮ですね」
素直にそう言うと、複雑そうに眉頭を寄せた。
「っていうか、ゼロはどうしていつにもましてむっつりしてるの?」
そんな降谷さんをサンドイッチを頬張りながら問う諸伏さん。
いや、と口ごもる彼に私と諸伏さんは揃って首を傾げた。
「ひなさんとは、普段安室としてしか話してないだろ。
どんな顔すればいいのかわからなくて…」
そう言った降谷さんの頬をつねる諸伏さん。
なにこのご褒美ショット!なんて叫びそうになる脳みそは脳みそにしまったまま、クスクスと笑う。
「安室さんはあくまで演じてるだけって分かってるので、今は自然体でいていただけると嬉しいです」
折角諸伏さんといられるのだから、と心の中で付け足す。
彼はきょとん、と一瞬惚けたあと、安室さんらしくない笑顔で笑った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ひなさんも、楽に…敬語も崩してくれ。
同い年だろ」
わかった、と頷く。
「あ、あと、降谷さんと諸伏さんに、改めて。
中学の時、私を助けてくれてありがとうございました。
二人がいなかったら、私はここにはいられなかったと思うから。
二人のために出来ることならなんでも力になるから、いつでも言ってね」
ずっと伝えたかった。
安室さんでも、緑川さんでもない、素の姿の降谷さんと諸伏さんに。
そう言うと、二人は笑ってどういたしまして、と声を揃えた。