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今となっては、ゼロと赤井の三人で俺の死を偽装したあの日が随分昔のように感じる。
赤井から、組織からの逃亡、そして死を偽装した経緯を聞いた。
ゼロに情報共有はしていないが、俺は赤井とは不定期で連絡を取っていた。
ゼロの判断に違和感を出すきっかけになるであろう情報は入れない方がいい。
そう思って赤井の件については情報共有はしなかったのだが、赤井の死を判明させるために公安を使ってカーチェイスをしたと聞くと、自分の判断ミスに頭を抱えるしか無かった。
そんなカーチェイスの翌日、早朝。
俺はひなちゃんを助手席に乗せて車を走らせる。
「どこ行くんですか?」
「ひなちゃんも知ってるところ」
そう答えると、彼女は唇を尖らせて前を向く。
少しするとその尖らせた唇を元に戻して、小さく息を吐いたから、おそらく考えることを止めたのだろう。
その表情が可愛くて、思わずあはは、と笑った。
「知ってるけど、行ったことはないと思うよ。
多分ね」
この物語を見ていた彼女からすると、主要箇所はほぼ該当するだろう。
探偵の物語と言っていたから、主人公は俺たち公安でも、FBIでも、ましてや組織の連中でも無い。
毛利探偵か、工藤新一か、服部平次か、世良真純か。
それはまだ判断がつかないが、ゼロの友人の過去話まで分かるということは、話に関わってくる赤井のことも彼女は分かっている筈だ。
ゼロからの情報も合わせると、ひなちゃんと工藤新一は接点はあまりないようだし、赤井扮する沖矢ともまだ出会っていない。
目的地である工藤邸も、“知ってるけど行ったことはない場所”で間違いないだろう。
「緑川さん、意地悪」
「まぁ、すぐ着くから待ってて」
そう言うと、彼女はまた小さく息を吐いた。
俺としては何度目かの往訪である工藤邸を見上げて、ひなちゃんはあんぐりと口を開けた。
「緑川さん、こちらは」
「ひなちゃんなら知ってるでしょ?」
そう返すと、じと、とした目で見てくる。
言いたい事の察しは着いたが、あえてスルーして俺はチャイムを鳴らした。
赤井の声に迎えられて、中に入ると俺たちが最後だったようだ。
その後、俺と赤井の変装をチェックしてもらったあと、自己紹介だけして僕たちはゼロの安室としての部屋に向かった。
部屋に着いて、すぐに変装を解いた。
ひなちゃんにはダイニングに座ってもらい、僕たちが立っていると気まずそう視線を泳がす。
ごめんね、ひなちゃん。
ゼロは俺の親友だけど、職場では上司だ。
ゼロが決めたことに対する口出しは、特に風見さんがいるときは控えている。
「ヒロが多少動けるようになるからな。
こちらも体制を整えたい」
その言葉に、ひなちゃんがおずおずと手を挙げる。
「…あの、大丈夫だと思うんですけど、それは、私が聞いていて問題のない話ですよね?」
「ひなさんに聞かれて困る話はしない」
ゼロがそう言うと、すぐに手を下ろしてお願いします、と頭を下げた。
ひなちゃんもわかっていたのだろう。
わかった上で、念の為聞かずには居られなかったのだろう。
物語がわかっていても、本当にただの女の子なのだ。
「基本的に、今まで通り君にはヒロと僕の連絡役を頼みたい。
風見でも構わないが…ヒロはまだ生存を公にしていないし、どこに目があるかわからないしな」
こくりとひなちゃんが頷く。
「今、組織の動きがやや活発化していることも含めて、これから依頼することが増えると思うが…。
安室と君はあくまで喫茶店の店員と客。
ここも変更はない」
また、頷いたのを見て、ゼロが僕に視線を移す。
「ヒロは危険な時期はひなさんの護衛を頼む。
有事の際は自己判断で動いてくれ」
「オーケー」
「君たち二人は適度に一緒に過ごす時間を増やしていこう。
設定はどうする?」
職場にいられる訳では無いから、当然私生活だ。
私生活で違和感なく一緒の時間を過ごすとなれば、当然一番楽なのは恋人だ。
それをわかった上でゼロも聞いたのは、少しでもひなちゃんが過ごしやすい方でという配慮だろう。
「いざ護衛となると、恋人が一番楽なんだけど…」
「恋人!?」
ビク、と肩を跳ねさせる彼女に思わず吹き出す。
「そんなリアクションする?」
「いえ!?
普通、こんなイケメンと顔突き合わす機会なんてあまりないんですよ。
皆さんに言えることですけど、ご自身がイケメンだって自覚持ってもらえませんか?」
待って、止めて欲しい。
余計に笑いが止まらない。
ひなちゃんの力説をヒィヒィ言いながら聞いていると、横に立つ風見さんは苦笑で目の前のゼロは呆れていた。
僕の判断を諦めたのだろう、ゼロがつらつらと説明を始める。
「ひなさんと緑川は中学の時に図書館で会っていたことがある。
緑川は当時から片思いをしていた。
そのあとひなさんは事故に遭って記憶を失っていたが、昨年の事故をきっかけに記憶を思い出した。
その矢先に仕事の関係で緑川と再会。
現在は緑川が交際を申し出ている最中でお互いを知るために稀に一緒に出かけるようになった。
異論は?」
ゼロが仕事モードで言うと、流石に彼女も圧を感じるらしい。
まるで人形のようにコクコクと頷いている。
彼女が問題ないなら当然僕も問題ない。
一緒に頷いた。
「ヒロと風見は今まで通りで問題ないか?」
「仕事関係は問題ないな。
他はどうする?」
今までは変装もサングラスとマスク、帽子くらいしか出来なかったため、私生活で必要なものの買い出しも風見さんにお願いしていたが…。
変装もお墨付きを貰ったことだし、私生活に関しては自分でこなした方が良いだろう。
「そうですね…変装に慣れるためにも、できるだけ私生活は自分でこなそうかな、と。
風見さんはゼロに集中してください」
そう伝えると、ゼロと風見さんが頷く。
「僕とヒロは今まで通り、ひなさんを介してのやりとりとオンラインのみ」
俺が頷いたのを見て、一通り話が終わったと察したのだろう。
風見さんがゼロに声を掛ける。
「降谷さん、今日はこちらの仕事は構いません。
二城さんのフォローをお願いできますか」
「待て。
風見、お前も念のため彼女と番号交換しておけ」
「え、自分もですか?」
疑問は口にしたが、風見さんはひなちゃんと番号を交換した。
「風見とひなさんの連絡は僕、ヒロ両方と連絡が取れなかった場合、かつ緊急時のみだ」
「はい」
ゼロの言葉に頷いたあと、二人で挨拶を交わして、風見さんは今度こそ部屋を出た。