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三人で夜まで親睦会をする事が決まって、俺とゼロは二人で食事を作り始めた。
二人で潜入していた頃は、一緒で作る機会なんてなかったから料理をするようになったゼロとは初めてキッチンに並ぶ。
食材を見ながらメニューを決めていると、ハロの鳴き声が聞こえた。

「わんこ…」

そう言いながら、床へ座り込んでハロの頭を撫でるひなちゃん。

「はじめまして、お名前は?」

その問いに、俺は思わず吹き出した。

「ハロだよ」

横に立つゼロが真顔で名前を伝えてるのを聞いて、ひなちゃんはぱっと顔を上げた。
俺たちが聞いていたことに気付いてむぅ、と唇を尖らせる。

「ハロは頭いいが、流石に自分の名前は言えないぞ」
「…私の事馬鹿だとか思ってます?」
「いや、女子だなぁって思っただけだよ、ほんと。
ひなちゃんが東都大出身なの知ってるし」

未だに喉が震えるが、どうにか言葉を紡いで返すと、ひなちゃんは諦めたのかもー、呟きながらハロに視線を戻した。

「よろしくね、ハロ」

その様子を見て、俺はゼロと目を合わした。
どちらからとも無く頬を綻ばして、俺たちは調理に戻った。



暫くすると、微かに歌声が聞こえた。
ハロを撫でながら窓からの光を浴びるひなちゃんが歌うのは、知らない曲。

今どきの曲なんて殆ど知らないが、そもそもひなちゃんが歌っているのは初めて聞いた。
旋律は綺麗ながらも寂しげで、彼女の雰囲気によく似合うと思った。

守りたいものさえ消えていくけど
足掻き続けるしかないの

そんな歌詞を聞いて、まさかと思った。
いや、流石にゼロを歌った曲なんてないだろう。
ただ、その声に込められた熱がただ好きな曲、には聞こえなくて、その目に光るものに気付いて、わかった。
きっと俺の想像は正しくて、彼女は彼女の知る物語に、そして今、俺とゼロ、そして皆がいることに泣いているのだ。

あぁ。
この子は、本当に。
神様だな。

俺はこの子がいてくれたことに、ただただ感謝した。



食事を初めて早々に二人は改めて自己紹介を始めた。

「改めまして、二城ひなです。
よろしくお願いします」
「降谷零だ。
よろしく」
「普段、安室さんとしてしかお話したことがないので、新鮮ですね」

ひなちゃんの言葉にゼロは複雑そうに眉頭を寄せた。

「っていうか、ゼロはどうしていつにも増してむっつりしてるの?」

ポアロで販売してるというサンドイッチを頬張りながら問う。

確かにゼロは真顔が多いが、親交がある相手には柔らかい表情なことも多い。
ひなちゃんと出会ってからそんなに日付は経っていないかもしれないが、協力してくれていることと、中学の事故の時の子だとわかった時点でゼロの性格的に内側に入っているはずだ。
実際に、ゼロからの話で聞くひなちゃんの印象は良さそうだった。
だからこそ指輪を用意したわけだし。

いや、と口篭るゼロに、ひなちゃんと二人で首を傾げる。

「ひなさんとは、普段安室としてしか話してないだろ。
どんな顔すればいいのかわからなくて…」

思春期男子みたいなことを言い出したゼロに噴き出すのを我慢して、代わりにその頬をつねる。
いつもならすぐに払われそうだが、食事中だからか、ひなちゃんがいるからか払われないのをいい事にびよびよと伸ばす。

「安室さんはあくまで演じてるだけって分かってるので、今は自然体でいていただけると嬉しいです」

ひなちゃんの言葉にゼロは僅かに目を見張った。
そして、ようやくいつものように笑う。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「ひなさんも、楽に…敬語も崩してくれ。
同い年だろ」

頷いた彼女が、ハロを起こさないように居住まいを正す。

「あ、あと、降谷さんと諸伏さんに、改めて。
中学の時、私を助けてくれてありがとうございました。
二人がいなかったら、私はここにはいられなかったと思うから。
二人のために出来ることならなんでも力になるから、いつでも言ってね」

ゼロと目を合わせて、どちらからともなく笑う。
二人で彼女に向き直り、どういたしまして、と声を揃えた。



夕食を終えて、俺たちは安室の家を後にした。
初めてゼロに会えた、というせいか、安室の部屋にいたせいか、ひなちゃんのテンションはいつもより高い。

萩原はどこまで知っているだろうか。
この神様が、どれだけ僕たちの、そしてゼロの為に心を砕いているのか。
そして、どれだけ思ってくれているのか。
それを知ったら、萩原も今まで以上にご執心だろうな、と想像に容易い。

「萩原にとっても、俺にとっても、ひなちゃんって妹や年下の友達って感じなんだよね」

妹や、友達。
そんな言葉で恋愛対象ではないことを告げるが、真実はそうでないことは俺自身が一番わかっている。
一種の信仰だ。
俺も萩原も、宗教が如く彼女を盲信している。

それで、と続きを促される。

「だからさ、ひなちゃんは、あいつとは、対等な関係でいてほしい」

そう言うと、彼女は小さく息を飲んだあと、笑い声を零した。

「ダメだよ。
私は、あの人の幸せを願ってしまうから。
あの人が今望むのは、あの人自身の幸せではないでしょ?」

きっと、ひなちゃんにとってのはゼロは、俺たちにとってのひなちゃんなのだろう。
それでも。
それでも、物語と、この世界を同一視してない彼女にしか頼めないんだ。

「それでも、信じてるんだ。
ひなちゃんなら、きっとあいつと対等になれるって」

彼女の神様は物語の中のゼロで、今ここにいるゼロは、違うはずなんだ。
そう、信じてる。