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東都水族館がオープンする日、私は諸伏さんに誘われて出掛けることにした。
朝イチで観覧車に乗ってしまえば、周りがよく見える。
遠くには少年探偵団一行と色素の薄い女性が見えて、やっぱり、と思った。

「ひなちゃん?
…あぁ、コナン君か」

私の視線の先にいるコナン君を見て彼が呟く。
直接の面識はあの挨拶の日だけらしいが、降谷さんからの報告などでもよく出てくるから名前と顔はわかるらしい。

「緑川さん」
「ん?」
「明日から、彼を尾行出来る?」
「コナン君のこと?」

そう聞かれて、私は頭を振る。
コナン君でないと言えば、対象が降谷さんなのは伝わるだろう。
案の定諸伏さんは相手がわかったらしく頷いている。

何もしなくても、降谷さんが無事なのはわかっている。
わかっているが、保険をかけるに越したことはない。
何せこの世界は既に多くのことが変わっているのだ。

「何かが起きるって訳?」

諸伏さんなのに話し方がチャラいのは未だに慣れないが、話が脱線するので飲み込む。

「…大事にはならないはずだけど。
でも、万が一があるから」

そう言うと彼はオーケー、と軽く頷いてくれる。

「その代わり、ひなちゃんは家で大人しくしててくれよ?」
「うん、もちろん」

大変なことをお願いしているのはわかっている。
降谷さんが大人しく尾行されてくれるわけが無いことも。
でも、ベルモットと一緒にいるところを見れば諸伏さんも事態のおおよその検討はつくだろう。
否、そもそも今日だってNOCリストが盗られて、私に危険が及ぶかもしれないからこうして朝イチに叩き起されて一緒にいるのだ。
…実際は、昨夜から眠れなかっただけだけど。

諸伏さんに誘われた理由に気付かないほど馬鹿ではない。
それでも、今は私よりも降谷さんの方が確実に危険なのだ。
彼に集中してほしかった。

「今日は遊んでいい?」
「…緑川さんが大丈夫なら」
「じゃあ、行こーぜ」

にっと笑う彼は決して諸伏さんとは似ていないのに、やっぱり諸伏さんだから、私はとてつもなく嬉しくなる。
こうして降谷さんを思ってくれる友達がいる今が、私はどうしようもなく幸せなのだ。



またひとつ夜が明けて、夕方。
家で大人しくしていようか、東都水族館に向かおうか悩んでいた。
朝から、否、昨日からずっと考えていた。
諸伏さんと約束したことを思えば家にいるのがいいのだ。
でも、じっとしていられなかった。

「…ごめん、諸伏さん」

私は家を出るために、支度を始めた。



東都水族館行きの電車の中で、厄介な人に出会ってしまった。

「ひなちゃん、やっほ」
「研にぃ…」

誘われればどこへでも行くが、ひとりで水族館や観覧車に行くタイプのひとではない。
ということは、どこからか付けられていたのだろう。

「どうしたの?」
「ひなちゃん見かけたから」

隠しもせずに付けてきたと言われてしまった。

「水族館?
それとも観覧車?
俺も一緒に行っていい?」

どうしよう。
ここに居て、どこにも行かないなんて言えない。
下手に口にしたら誤魔化すなんてできない。
でも、何か言わないと、もっと怪しまれる。

「緑川さんと、デートなの」

苦し紛れにそう言うと、研にぃがへぇ、と目を細めた。

「昨日も行ったのに?」

うぐ。
バレていた。
っていうか、コレ反省してないな?
私のこと、ホントにマジで警察ネットワーク利用してずっと監視してきたな?

そう思ったことが伝わったようで、彼は肩を竦めた。

「少しきな臭い空気感じたんだよ。
公安も出てきたみたいだしな」

竦めた肩を戻して、にっ、と笑う彼は、決して曲げない瞳で言う。

「お供させていただきますよ、マイ・フェア・レディ?」



辿り着いたのは日が暮れた観覧車。
遠くからは見づらいが、片側は既に乗車が止まっているらしい。

「どうしよう…」

ゆらりといつも通りに動く観覧車を見上げる。
来たはいいけれど、無計画にも程がある。
どうすればいいのか何も思いつかない。

「ひなちゃん!!」

観覧車の前で呆けていると、聞き慣れた声が私を呼ぶ。

「緑川さん…」
「君はここが危ないってわかってるだろ!
どうして来たんだ!」

肩を掴まれて怒鳴られる。
それだけの事をした自覚はあるので文句は言えない。
だから、ごめんなさい、そう口の中で呟く。
でも、でもね。

「お前は…」

諸伏さん、今、研にぃがいるんです!
あなたからも見えてるでしょ!

研にぃの声を聞いてようやく気付いたらしい諸伏さんが目を見張った。

「あ、…」

私の手から離れそうになる諸伏さんの手を掴んで、小さな声で呟く。

「研にぃと、観覧車の車軸に行って」

ちゃんと聞こえたらしい。
驚いていた諸伏さんの目が意志を持つものに変わった。

「なぁ、ひなちゃんから聞いたんだけど、アンタ警察官なんだろ!
向こうで乱闘してるヤツらがいたんだ、一緒に見に行ってくれよ」

そう言って研にぃの腕を掴んで進む。

「ぁ、おいちょっと!」

慌てた研にぃの声に心の中で手を合わせて謝る。
行く先に降谷さんがいることも分かってる。

「ごめんね」

結局、私はどこまでいっても謝るしかないのだ。
私は自分のやることを決めた。
バレれば怒られるだけじゃ済まないかもしれない。
それでもやると、今決めた。

まだ銃撃戦が始まっていない。
今のうちに件の工事車両を探す。
工事車両を観覧車と水族館の通り道に置ければ、きっとキュラソーは死なずに済む。

「お願い…」

お願い。
好きな人達だけ助けようなんて虫がいいのはわかってる。
それでも、あのひとは、白を知った今の自分が好きだと、そう言ってくれたの。
あの人が生きていたら、今後がいい方に変わるかもしれない。

私は、それに、縋りたい。



銃撃が始まった。
降り注ぐ弾丸の音が絶えず鼓膜を揺らす。
やばい、逃げ切れる気がしない。
そんなマイナスなことを考えたせいか、左足と右腕に弾がかすった。

「ぐ…ぅ」

痛みに声が漏れるが、どうにか立ち止まることは避けられて、私は目的の工事車両…クレーン車にたどり着いた。

「はぁっ…はぁ…」

昨日からずっと悩んで、怖くて、泣きたくて仕方なかった。
でも、昔…、前の世界の頃にクレーン車の運転方法とかを動画で見漁っていたことを思い出した。
オートマだけど車の免許も取っていたから、感覚の想像だけはしていた。

お願い。
動いて…。

そう願ってキーを回して、シフトを切り替えてアクセルを踏む。
それだけの事が怖くて、手も足もガクガクと震えた。
そんな恐怖を嘲笑うようにクレーン車は真っ直ぐ動いて、目的の場所で停められた。
万が一のことがあるから、直前まではここに居よう。
そう決めて、シフトレバーとアクセルに手と足を乗せる。
落ち着いてしまったからか、左足も右腕も痛い。
車を運転するのにあまり必要のない方向でよかった、なんて、あとで研にぃと諸伏さんに知られたら絶対怒られるけど。
それでも、そう思った。

気付けば銃撃は車軸に集中していた。
彼らは無事だろうか、と私は霞む視界で考える。
知っている物語の通りに観覧車は、派手な音を立てて車軸から外れ、水族館の方へと転がってくる。
何事もなければ、この真上を通るだろう。

これで大丈夫。
はやく車を出なくちゃ。

そう思った時、私は意識を手放した。