3
ぴっ、ぴっ、と、いつだかに聞いた音が耳を掠める。
あの時より息がしやすいのは、人工呼吸器が付いていないからか。
そんな事に気付ける自分が切ない。
あの時は、諸伏さんが居たな。
そんなことを思って横を見ると、あの時と同じように緑川さんの格好をした諸伏さんと、研にぃが座っていた。
安心したように、力が抜けた研にぃと難しい顔をしたままの諸伏さん。
この二人が一緒にいるということは、どうなんだろう。
降谷さんも含めて、研にぃにバレてしまっているのだろうか。
「け、んに…みどりかわ、さん」
「俺が言いたいこと、わかるよね」
そう言った諸伏さんに、私は苦笑を返す。
言いたいことはわかっているが、体が動いてしまうのだ。
許して欲しい。
許してくれないだろうけど。
「ごめんなさい」
形だけの謝罪だ。
同じことがあれば、きっと私は同じことを繰り返す。
でも、この先は巻き込まれることはあっても、自ら命を粗末にするような現場に居合わせることは無いはずだ。
だって、私の知る未来はもう残りわずかだ。
諸伏さんは、私の謝罪には応えず、苦虫を噛み潰したような表情で部屋の外へ出ていった。
パタン、と閉じた扉を見て、研にぃはくしゃりと顔を歪ませる。
「何も話してくれねぇんだよなぁ…」
ポツリと呟いた彼は苦笑する。
「降谷ちゃんに会ったよ。
俺は、七年ぶりだった」
連絡が取れない同期だった彼。
どこに配属されてるのかは、もう察しているのだろう。
「今のも、教えてくれねぇけど、アイツなんだろうな」
私に話してるんじゃない。
研にぃの中で、整理をしているのだろう。
視線はこちらを向かない。
「…今回は、たまたま体も動いたけど。
俺は常にアイツらの力になれる訳じゃない」
ぎゅう、と右手を握りしめる。
でも、カタカタと震えているのは、きっと力が入らないからだ。
今は、言うことを聞かないタイミングなのだ。
「くっそ…。
もう、乗り越えたと思ったのに…」
自分の無力を嘆くのは、いつまでも終わりがないのだと、私は知っている。
銃による怪我ということで個室になっているが、かすっただけなので怪我自体は酷くないらしい。
寧ろ失血の方が大変だったそうで、あと少しで死ぬところだったと、後日改めて見舞いに来た諸伏さんに怒られた。
三十分ほど続いたお説教に正座しそうになったが、怪我が酷くなるとこれまた怒られて大人しく足を伸ばして聞いていた。
お説教終わりに、降谷さんの無事を聞いて私は息を吐いた。
今は組織からの疑いも深く、とにかくバーボンと安室業に精を出すしか無いらしい。
風見さんも連絡が取れないそうで、早く私に復帰してくれ、と願望を申し付けられた。
キュラソーは日本警察で匿っているそうだ。
話せることは話す意志を見せているらしく、今後、時の流れと共に彼女の処罰は変わっていくのかもしれない。
運転席の中で気を失っていた私を引きずり出して助けてくれたのはキュラソーそうだ。
そんな態度も彼女にとってはプラスの評価に繋がっている。
観覧車の中から、私がキュラソーに助けられる一部始終を哀ちゃんが見ていたそうで、コナン君越しに面会が希望されているらしい。
「嬉しい、会いたいな」
今は許可が下りた人しか会えない状況なのだ。
つまり、家族と研にぃと諸伏さん。
怒ってくる人しか会いに来ない。
「オーケー、風見さんに伝えておくよ」
そう頷いてくれた諸伏さんに、ありがとう、と告げた。
翌日、早くもコナン君と哀ちゃんがやってきた。
「こんにちは、ひなさん」
「…こんにちは」
「いらっしゃい、コナン君、哀ちゃん。
来てくれてありがとー」
椅子を勧めながら、私は冷蔵庫に入っているアイスティを取り出す。
ジュースなくてごめんね、と伝えるが、二人はジュースよりはこちらを好むだろうから問題ないだろう。
「怪我は大丈夫?」
そう聞いてくれたコナン君に、うん、と頷く。
「怪我自体はそんなに酷くないの。
許可さえ降りれば直ぐに退院できる筈なんだけど」
保護者が心配性で、その許可が中々降りないのが現実だ。
無論、実の保護者ではなく諸伏さん、研にぃの二名である。
早く復帰してくれと言った直後にこれだからどうしたものか。
そっか、とコナン君が苦笑で返した。
コナン君にポアロの皆や蘭ちゃんたち元気?と聞くと、先日ポアロのハムサンド事件があったことを教えてもらった。
着実に物語は進んでいるようだ。
私の知っている物語の最後から、物語の本当のエンディングまでがどれほどあるかが分からないけれど、とにかく皆が安全である事を祈るばかりだ。
そんな話をしていると、無言を貫いていた哀ちゃんがあなた、と声を発した。
「どうしてあんな所にいたの」
クレーン車のことだろうか。
そもそも、あの観覧車の傍にいたことだろうか。
首を傾げると、あの日!、と焦ったような声が部屋に響いた。
「あんな銃撃戦あったら、普通逃げるでしょ」
撃たれてまで、と私の怪我した部位を視線が通る。
観覧車の上から見えたのだろう、さすがの観察眼である。
「どうして…」
どうして、と言われると、困ってしまう。
「身体が動いたから」
でも、そうとしか言いようがないのだ。
え、と音にならなかった哀ちゃんの呟きに、苦笑を零した。
「私、昔からなの。
中学生の頃に、子供が事故りそうになったときにかばっちゃって、七年間植物人間でね。
それから、事故現場とか、居ちゃうとね。
身体が先に動いちゃうみたい」
コナン君は、私が植物人間だったことを知らなかったらしい。
目を見張った。
もちろん、哀ちゃんも。
「去年知り合いが事故りそうになったときも身体が動いちゃって。
集中治療室送りになったら知り合い全員に怒られちゃった」
今回もねー、皆怖かった、と言うと、コナン君はいっそ苦笑を零してくれた。
「守りたい人と、守りたい環境があるから、私はその為ならこれからも動くんだと思う。
それは決して哀ちゃんのせいじゃないし、勿論子供たちのせいでもないから、気にしないでね」
私を怒ってくれる人がいることも、心配してくれる人がいることも、もう分かってる。
その上で動いてしまったらその怒りも心配も私が受け止めるしかないのだ。
他の人が気に病む問題ではない。
「…仕方のない人ね」
そう言った哀ちゃんに、ごめんね、と返す。
「前も、貴方に助けられたわ。
あの時も、今回も、ありがとう」
ふわり、と笑った彼女は可愛い。
きっと物語のとおりに進む限り、彼女にはずっと危険が付きまとうけど。
「子供は守られるものよ。
だから、危険なことはあまりしないようにね」
建前として、伝えておきましょう。