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東都水族館がオープンした日、そこに向かうひなちゃんとチャラ男の目撃情報が数件送られてきた。
デートスポットだし、少しモヤるものはあるが本人にその気がないと言われたのだからそれを信じるしかできない。



翌日、再び廊下ですれ違った班長と同僚が少しササクレだっているようだったので話を聞くと、捜査していた被疑者を公安に持っていかれたらしい。

それは災難だな、とも思うが、爆弾処理班からの総務の俺にとってはその縄張り意識はあまりピンと来なかった。

仕事終わり、駅前を歩いていると、ふと、ひなちゃんが走っていくのが見えた。
必死な表情で、珍しく動くこと優先、みたいなカジュアルな服装。
少し嫌な予感がして、その背を追った。

目的地は東都水族館。
そう分かったところで、彼女と顔を合わせる。

「ひなちゃん、やっほ」
「研にぃ…」

ビクリ、と肩を震わせる。
獲って食おうって訳じゃないんだから、そんな怯えなくたって、とは思うが付けてきた手前言葉にはできない。

「どうしたの?」

震えた肩を隠すように、いつも通り笑う彼女は強かだ。
虚勢かもしれないが、傍からはそう見える。

「ひなちゃん見かけたから。
水族館?
それとも観覧車?
俺も一緒に行っていい?」

困ったように笑う彼女の次の言葉を待つ。

「緑川さんと、デートなの」

行先はデートスポットだ。
そう言うだろと想像は着いた。
緑川という名前は初めて聞いたが、恐らくチャラ男の名前だろう。

「へぇ、昨日も行ったのに?」

そう聞くと、息を飲む。
素人にしては頑張って隠していたが、ここが限度だ。
むっとした様子から、俺がまだ友人から情報を仕入れていることが分かったのだろう。
その態度にはあえて触れずに、言葉を続ける。

「少しきな臭い空気感じたんだよ。
公安も出てきたみたいだしな」

口角を上げて、恭しく頭を下げる。

「お供させていただきますよ、マイ・フェア・レディ?」

君が危ないことをしようとしてるのを、遠くから見ているだけはもう嫌なんだ。



たどり着いたのは日が暮れた観覧車。

「どうしよう…」

彼女の呟きが聞こえるが、彼女が何を求めて来たのかが分からないから助言は出来そうにない。

「ひなちゃん!!」

不意に、男の声がひなちゃんを呼んだ。
見た目は最近よく耳にしたチャラ男のもの。
一瞬本当に約束していたのかと思ったが、二人の反応からそうではないことがわかる。

「緑川さん…」
「君はここが危ないってわかってるだろ!
どうして来たんだ!」

肩を掴まれて怒鳴られる彼女は、言い返さない。

いや、でも、その前に。
この緑川という男、既視感がある。
見た目も声も全く知らないのに、

「お前は…」

俺が呟くと、緑川は漸く俺を視界に入れて、目を見張った。

「あ、…」

ふらついた男の手をひなちゃんが掴む。
俺の立ち位置からひなちゃんの表情は見えなかったが、何か言われたのか、男の目の色が変わる。
決意が固まった目は、俺を真っ直ぐに見ていた。
その目は、その決意は、どことなく、自分を彷彿とさせた。

「なぁ、ひなちゃんから聞いたんだけど、アンタ警察官なんだろ!
向こうで乱闘してるヤツらがいたんだ、一緒に見に行ってくれよ」

そう言って俺の腕を掴んで進む。
向かった先は観覧車がある。

「ぁ、おいちょっと!」

思わず声が零れたが、その背中は、警察学校時代、あの爆弾騒ぎがあった日、二階に駆け上がった背中に似ていた。



緑川に腕を引かれて行った先はやっぱり観覧車で、確実に関係者しか入れない場所だ。
恐らく車軸の傍だろう。
白い…消火栓の前に男が蹲っている。
俺たちの足音に気付き、上げたその顔は、あまりにも見覚えのあるものだった。

「お前…ゼロぉ?」
「萩原…?」

目を丸くしたその男は七年前からまるで見た目が変わらない。
外人顔の割にベビーフェイスで俺達の内誰よりも幼く見えるゼロは、ニッパーを片手に立ち上がった。

「何やってるんだ?」

ゼロの質問に緑川が肩を竦めて答える。
ゼロとこんな意思の疎通が出来るやつなんて限られている。
緑川の様子を見て小さく溜め息を吐いたゼロは、萩原、とまた俺の名前を呼んだ。

「体は動くか」

俺の体の事情は知ってるらしい。

「あぁ、動くよ。
でも、いつ動かなくなるかわからねぇからな。
代打は居てくれ」
「緑川、頼む」
「あぁ。
お前はどこに行くんだ?」

ニッパーを手渡すために俺達の目の前まで歩いてきたゼロに緑川が問う。
ゼロは 観覧車に張り巡らされた線を顎で指す。

「線の先を見てくる。
解体が終わったらすぐ教えてくれ。
悪いが連絡手段は持ってない」
「持ってないのか…」

取られたんだ、と言うゼロに緑川が納得する。
察するに、ここに来る前に既に死線を越えているのだろう。

「さっさと片付けるぞ」

ゼロの言葉に、了解、と声を揃えた俺と緑川に口角を上げて、ゼロはすぐに駆け出した。

「さて、と」

設計図や解体後のものはしょっちゅう目にするが、ホンモノを目の前にするのは久々だ。
ペロリと唇を舐めて、俺は消火栓の前にしゃがんだ。
あの日、神様に会った日の続きを始めた気分だった。



ひとつひとつ、コードを確実に切っていく。
残ったコードはあと少しだ。
そう思ったところでブツリと照明が落ちた。
反射でコードを切る事は無事避けられたが、こう暗くては進められない。

「くっそ…」

思わず呟くと、緑川がスマホを照らした。
思わずその灯りを視界に入れると、今日初めて見た顔がにこりと笑う。

「見えるか?」
「あぁ…。
ありがとな」

諸伏ちゃん。

名前を口にすることはしなかった。
でも、伝わってるだろ。
…なぁ?



少し光が差し込むようになった頃、無事解体を終えた。

「終わったぞ!」

その緑川の声に、上から聞こえる声。
少しして、ゼロが爆薬を半分回収したらしくコードと爆薬を抱えて降りてきた。

「これを先に安全なところに」

そう言われて、俺と緑川で抱える。

「ゼロは?」
「もう半分回収して追うよ」
「死ぬなよ」

そう言うと、ゼロはただ笑って上へと戻っていった。

「ったく、カッコつけるねぇ」
「行こう、」

チャラ男の口調を忘れたのか、敢えてなのかはわからないが、知った口調で話す緑川に頷いて、俺達は来た道を戻った。
観覧車の車軸から降りきった頃だった。
上空から降り注ぐ無数の銃弾に身を隠す。

「どうなってんだぁ!?」

思わず叫ぶと、緑川はめちゃくちゃだな、と表情を歪ませる。

「隠れててくれよ」

そう言って緑川は辺りを見回す。

「オィ、死ぬぞ!」

思わず声を張り上げると、あは、と笑う。

「萩原は生きなきゃダメだよ。
ひなちゃんが悲しむ」

そう言い残して、男は来た道を駆け戻った。
その背中は追えなかった。

いつ体が利かなくなるか分からない俺は、足手まといにしかならない。
もう、あの学校で過ごした時のように、隣りを駆けることはできない。

「諸伏ちゃん!!」

固く握り締めた拳を床に叩きつける。

「くっそォ…」

頼むから、死なないでくれ。
そう願うことしか出来なかった。