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ある日ポアロに行くと、唐突にもう大丈夫です、と降谷さんは言った。
一瞬なんのことか分からず首を傾げたけれど、珍しく耳に髪をかける仕草をしたので盗聴器のことか、と察しが着いた。
よかったです、と返すと彼も安心したように笑った。

カウンターで降谷さんと梓さんと話していると、蘭ちゃんと園子ちゃん、そして初めましての世良さんがやって来た。

「ひなちゃん!」

ぱぁ、と嬉しそうに笑う蘭ちゃん、そして園子ちゃんに挨拶をする。
女子高生二人今日も元気だ。
そんな二人とは打って変わって、後ろにいた世良さんが首を傾げる。

「蘭くん園子くん、だれ?
ボク初めましてだよな?」

首を傾げる彼女にそうだね、と返す。

「二城ひなです。
昔ここで働いてた時から二人と仲良しなの。
よろしくね」
「初めまして、ボクは世良真純。
よろしくな」

にっと笑う彼女に思わず頬が染まる。

「えー、真純ちゃんイケメン!」
「あはは」

八重歯を見せて笑う彼女は画面の外から見るよりもずっとずっとかっこよかった。

その後、園子ちゃんに同席を提案されるが、辞退した。
女子高生のテンションに着いていける気がしない。

女子高生は女子高生、私は私で時間を過ごす。

「ひなさんは、彼女のようなタイプが好みですか?」

小説でも読もうかと思っていると、不意に降谷さんに言われてえ、と顔を上げた。

「頬、染まってましたよ」

くすくすと笑う目にちょっとヒヤリとしたものを感じて私は目を丸くする。
え、私そんな降谷さんが不機嫌になるような事した?と自身の行動を思い返すが、思い当たる節はない。
…………こともないな。

赤井さんに似てる真純ちゃんにはしゃいだのが気に入らないとか、ある?

じ、と彼の目を見てみるが、表情も目の色も変わらない。

降谷さんとも赤井さんとも殆ど接点ないのになんで?
…あれか、子供の、おもちゃ取られたー、みたいな?
だとしたらめっちゃ大人気ないけど降谷さん大丈夫?

「そんなに見つめられた照れちゃいますよ」
「…スミマセン」

私の答えが欲しい訳ではなかったようで、彼はそのまま仕事へと戻った。
人間関係って難しい。

改めて小説でも読もうかとカバンを漁っていると園子ちゃんがバンドの話を始めた。
今日は事件の日だったか、と悟ったのももう遅い。
頼んだハムサンドが来たばかりだ。
せめてスタジオには行かないことにしよう、と心に決めた。

梓ちゃんにお誘いをした園子ちゃんが、次点で私に声をかけてくる。

「ひなさん、去年まで大学生だったんでしょ?
なら問題ないって!」
「いや、ほんと、問題しかないから…」

えー、と口を尖らせる園子ちゃんに、小さく息をついてあのね、と言う。

「私、確かに去年大学卒業して今年社会人一年目なんだけど。
子供の頃寝たきりだったから、学校通うの遅れて、今二十九歳なの。
女子高生と混ざるのは色んな意味で辛い!」

アラサーに無茶言わないで、と顔の前で、腕で大きくバツ印を作って言うと、彼女は半笑いでごめんなさい、と謝ってくれた。

「ひなさん、二十九歳には見えませんね」

そう言ってきた降谷さんには、そのままお返しします、と伝えた。

「じゃあ、やっぱり梓さん!」

と、物語の通りに話が進んでくれて一息ついた。

「で、でも、ギターって難しいんじゃ…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと練習すればすぐ弾けるようになるって!
ジャジャーンってさ」
「じゃあ弾いみろよ。
俺のギター貸してやるからよ」

園子ちゃんのその一言がきっかけで、傍にいたバントマンに絡まれてしまった。

渡されたギターを抱えた彼女は、見よう見まねでギターの弦を弾く。
へちょ、とした音を鳴らして、泣きそうな顔をしている園子ちゃんを笑う二人に、モヤ、としたものを抱えてしまった。
そして、それが顔に出ていたらしい。

「なんか文句あんのか?」

そんな難癖をつけられて、別に、と零す。

「女子高生相手に大人気ないって思っただけですよ」
「じゃあお前も弾いてみろよ!」

そう言われて渡されたエレキギター。
なにがじゃあ、なのかがまるで理解できなかったけど、どうしようか、とその弦を見つめた。

ニタニタと見てくる二人をじろりと見た。

「私、エレキは弾いたことないんですよね 」

そう呟いて、弦を押さえた。
じゃかじゃかと流すのは、昔少しだけ覚えたコードだ。

「学生の頃に一ヶ月くらいアコギ練習してたくらいなので、簡単なコードしか覚えてませんけど」

もちろん、この世界ではなく前の世界で、だ。
はっ、と鼻で笑う彼らに、ため息をつく。

「そうやって足元見てるから人気ないんじゃないですか?」

本当に人気がないのかどうかは知らないが、こんな所で素人相手に吹っ掛けるひと達に人望があるとも思えなかった。
思わずそう聞くと、なんだと、と声を荒らげ立ち上がる。
あーどうしよ、と思った矢先、私と彼らの間に腕が伸びてきた。

「え」
「貸して」

その腕は、腕の持ち主は私が持っていたエレキギターを持っていく。
降谷さんが、真横でギターを肩にかけて、ジャカジャカと、前に聞かせてもらったアコギとは異なる演奏をその指で弾いた。

ポアロを少しの間占領していた旋律はあっという間終わり、私は息をするのも忘れて呆けていた。

「ま、この子達もちょっと練習すればこのくらい弾けますよ。
ね」

にっこりと笑ってギターを返し、園子ちゃんに注意をしたあと、私の前に来て彼はにっこりと笑う。
エレキを弾く姿に完全にトキめいてしまった。
やっぱ好き、と思っていると、目の前の彼はその笑顔のまま、ぎゅむ、と私と頬を全力でつねった。

「いだい!!!!!」

つねった頬を全力で伸ばしに来る降谷さんの手をどうにか引き離そうとするが、ちっとも外れない。
さすがゴリラと名高いだけある。

「ひなさん?
目は口ほどに物を言う、って知ってますか?」

ニコニコとしているが、目が全く笑ってない。
怒気百パーセントだ。
めちゃくちゃ怖い!
これこのあと絶対諸伏さんに共有される。
諸伏さんからも怒られる!

「ひってみゃふ!
いひゃい!
……いひゃい!」

びん、と最後に伸ばして離された頬を思わず両手で包む。
あまりの痛みに涙まで出てきた。

「らんで…」
「色々なことを反省して無さそうだったので」

解せない。
そう思ったのも目に出ていのだろう。
再び降谷さんの手が伸びてきたのを見て私は慌ててごめんなさい、と叫んだ。



レッスンに行った皆を見送ったあと、二人きりになった店内で梓ちゃんがあの、と口を開いた。

「ひなちゃん、安室さんと付き合ってます?」
「色な意味で怖すぎて付き合えない」

思わずそう言うと、彼女はですよね、と頷いた。



その後、予想通り諸伏さんから集合を掛けられてたっぷり三十分お叱りを受けた。

ほんとに、解せない。