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思ったよりも早く外れた盗聴器に、ようやく息ができた気がした。
もちろん気が抜ける訳では無いが、二十四時間盗聴されているのは普段とは違うストレスがかかるのだ。

盗聴器が外れてから初めてひなさんが来た日に声をかける。

「もう大丈夫です」

きょとん、とした目で彼女が首を傾げたので、僕は耳に髪をかける。
すると盗聴器のことに思い至ったようで、よかったです、と笑ってくれた。

店内が落ち着いてからひなさんと梓さんと話していると、蘭さん、園子さん達がやってくる。
直接会うのは初めてな赤井の妹も一緒だ。

「ひなちゃん!」

嬉しそうに笑う蘭さんに、頬を綻ばすひなさん。
この二人が姉妹でいる姿を見るのは最近の僕の楽しみだ。

「蘭くん園子くん、だれ?
ボク初めましてだよな?」

どうやら、赤井の妹とは初対面らしい。
確かに彼女はこのポアロくらいしか出没しないし、早々会うことも無いだろう。

「そうだね、二城ひなです。
昔ここで働いてた時から二人と仲良しなの。
よろしくね」
「初めまして、ボクは世良真純。
よろしくな」
「えー、真純ちゃんイケメン!」
「あはは」

そんな赤井妹の笑顔に、ひなさんの頬が染まる。
表情が変わりそうになったのを懸命にこらえる。
落ち着け、降谷零。
お前は今安室透だ。
安室透はイチ顧客のひなさんに対してポアロの先輩、仲のいい顧客以外の感情は抱いていない。

……ならば、僕は?
本来の僕は、彼女をどう思っている?

そんなことを自問自答した矢先、四人で話し始めるのかと思いきや、会話はプツリと終わった。
少しほっとしたのは、気のせいではないだろう。

「ひなさんは、彼女のようなタイプが好みですか?」

いつも通り読書に勤しもうとする彼女に、聞いてみると、え、と呟く。

「頬、染まってましたよ」

己の頬を指差しながら笑ってみると、ひなさんは目を丸くする。

自分が彼女をどう思っているか。
その答えは出ていないが、少なくともひなさんが赤井妹と仲がいいのは気に食わない。

どうやら僕の不機嫌が伝わったのか、挙動不審になる彼女。
視線が定まらず、きっと僕のことを考えているのだろう、狼狽えているのは見ればすぐわかった。
その様子を見るのは少し面白かったが、若干の後悔。
パチリと目が合った彼女に対して、誤魔化すように笑みを作った。

「そんなに見つめられた照れちゃいますよ」
「…スミマセン」

そこで会話を終わらせてひなさんの注文したハムサンドを皿に盛り付けていると、女子高生たちの会話がバンド結成の話になる。
その空気感は随分懐かしいな、と外から見ていて思った。
ヒロが始めたベースに感化されて、僕もギターを始めた。
一緒に弾きたいと思って始めて、近くの港に行って弾いたりもしたが、結局バンドという形にはならなかった。

ハムサンドの提供を終えたところで、園子さんが梓さんをメンバーに、と誘い始めた。
どうやら感化されたバンド映画の登場人物と同じ名前らしい。

断る梓さん、そして次点で声を掛けられたひなさんは懸命に首を振っている。
もちろん横にだ。

「ひなさん、去年まで大学生だったんでしょ?
なら問題ないって!」
「いや、ほんと、問題しかないから…」

えー、と口を尖らせる園子さんに、ひなさんは気付かれないよう小さく溜め息をついた。

「あのね、私、確かに去年大学卒業して今年社会人一年目なんだけど。
子供の頃寝たきりだったから、学校通うの遅れて、今二十九歳なの。
女子高生と混ざるのは色んな意味で辛い!
アラサーに無茶言わないで!」

顔の前で大きくバツを作る彼女はとても二十九歳には見えない。
だからだろう、園子さんは半笑いでごめんなさい、と謝った。

「ひなさん、二十九歳には見えませんね」

そう言ってみると、そのままお返しします、と返された。
確かに僕も年齢通りには認知して貰えないので返されても仕方の無い内容だった。

「じゃあ、やっぱり梓さん!」

くるっとひなさんから梓さんに向きを変えた園子さんがにこにこ笑う。

「で、でも、ギターって難しいんじゃ…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと練習すればすぐ弾けるようになるって!
ジャジャーンってさ」
「じゃあ弾いみろよ。
俺のギター貸してやるからよ」

そして、園子さんのその一言がきっかけで、隣りの席に座っていたバントマンに絡まれてしまった。

ビッグマウスではしゃぐから、と思う。
僕もヒロも懸命に練習していた当時を思えばお気楽だなぁ、とも思うが、実際に弾きたい曲とギターを向き合えばいかに難しいかもわかるだろう。

そんな風に、大人として学生の様子を見れない程度には余裕が無い。
そう判断する他ないな、とこっそりため息をついた。

渡されたギターを抱えた園子さんは、見よう見まねでギターの弦を弾く。
案の定音はしっかりとは出なくて、園子さんは心細そうに眉の形を歪めた。

反省材料になっただろうか。
そう思っていると、男たちの視線がひなさんに行き着いた。

「なんか文句あんのか?」

そんなことを言われるような表情をしていたのか、君は。
わからないところで負けん気が強いらしい。

「別に。
女子高生相手に大人気ないって思っただけですよ」
「じゃあお前も弾いてみろよ!」

そう言われてひなさんに渡されたエレキギター。
彼女は受け取ってギターに手を添える。
その様子は拙いながらも間違ってはいない。

「私、エレキは弾いたことないんですよね 」

そう言って抑えたコードはやっぱり拙い。
以前僕の家で話していた時も、キーボードなら、と言っていたから弦楽器は弾けないのだろう。

「学生の頃に一ヶ月くらいアコギ練習してたくらいなので、簡単なコードしか覚えてませんけど」

彼女が言う学生の頃、がいつなのかは分からないが、何年も前の一ヶ月をここまで覚えていたら十分だろう。

だが男たちはそうは思わないようで、鼻で笑っていた。
コイツら、のしてやろうか。
安室であることも忘れて握り拳を作ろうとしたところで、彼女がやや大袈裟にため息をついた。

「そうやって足元見てるから人気ないんじゃないですか?」
「なんだと!」

その意見には全面的に同意だが、今言うべきタイミングではない。
想像通り短気を起こした男たちが立ち上がったところで、僕は男たちとひなさんの間に体を差し込んだ。

「え」
「貸して」

そう言って、ひなさんが抱くギターのストラップを肩に掛ける。
基本僕もアコギを弾くことが多いが、エレキもやらなかった訳じゃない。

ひとつ息を吸い込んでから演奏をすれば、全員が僕の音を聞いていた。
視界に入る、真横に立ったひなさんがじっと僕を見ているのがわかる。
家で演奏していた時もそうだったが、音楽が好きなのだろうか。
彼女が僕を見ているというのが、少し、気分が良かった。

程々のところで演奏を終えて、言葉を紡ぐ。

「ま、この子達もちょっと練習すればこのくらい弾けますよ。
ね」

にっこりと笑ってギターを返し、園子さんに注意をしたあと、ひなさんの前で僕はわざとらしいくらいににっこりと笑う。
赤く染った頬が僕の自尊心を埋めるが、今はそこではない。
僕は笑顔のまま、ぎゅむ、とひなさんの頬をつねった。

「いだい!!!!!」

つねった頬を横に引っ張れば、彼女の手が僕の手を引き剥がそうとするのが分かるが全力で無視をする。
常々彼女の頬は柔らかそうだな、と思っていたが、やっぱり柔らかい。
ここぞとばかりにびよびよと伸ばす。

「ひなさん?
目は口ほどに物を言う、って知ってますか?」

普段安室としてしか会わない僕は、皆みたいにひなさんをきつく注意できない。
今日は数少ないチャンスだ。
日頃の思いも込めて笑顔で彼女を見ると、彼女もそれが分かったのが顔面蒼白だ。
あとでヒロにも共有しないとな、と思う。

「ひってみゃふ!
いひゃい!
……いひゃい!」

最後にほんの少し力を入れて、その頬を伸ばし切り、手を離すと、彼女は目尻から涙を零した。
真っ赤になった両頬を両手で包む様子は可愛らしい。

「らんで…」
「色々なことを反省して無さそうだったので」

にっこりと笑って言うと、あからさまに反省してない視線が返ってきた。
もう一度その頬を引っ張ろうと手を伸ばすと、彼女は全力でごめんなさい、と叫んだ。


スタジオまでの道すがら、蘭さんが僕の横へとやってきた。
どうしたのかと思うと、こそ、と話しかけられる。

「安室さんって、ひなちゃんと付き合ってるんですか?」

…まぁ、あれだけ接触すればそう勘違いもされるか、とやや反省だ。

「やだなぁ、蘭さん。
付き合ってないですよ」

表情を変えずにそう答えると、そうですか?と首を傾げる。

「どうしてそう思ったんですか?」
「ひなちゃんが働いてた時、何人かひなちゃんのお兄ちゃん来てたんですけど。
ひなちゃんの態度が、誰とも違うので、そうなのかなーって」

ひなさんのお兄さん、とは。
間違いなく萩原達のことだろう。

「お兄さんと、最近会った職場の後輩では、態度は違うと思いますよ」
「それはそうなんですけど…。
でも、安室さんといる時の方が、いい笑顔するな、って思っただけなんです」

ごめんなさい、気のせいですね、と呟いて、蘭さんは園子さん達の傍に戻る。

いや。
待ってくれ。
あくまで蘭さんの主観とはいえ、そんなそんなふうに言われるとは。

萩原達とひなさんが一緒にいるところに居合わせたことは無い。
僕は、僕とヒロ、そして友人たちに向ける顔しか知らない。

少し、悔しいと思った。

「そうだとしても、一番仲良しなのは、蘭さんと梓さんでしょう」

彼女は何時だって僕に対して、壁がある。
呟いた言葉は、誰にも届かず街の喧騒に消えた。