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十三日の金曜日。
西の高校生探偵がコナン君と来店した。
高校生が小学生に恋愛相談している姿は中々シュールだが、彼らには彼らの仲があるのだろう。
口出しは野暮と言うものだ。
暫くしてひなさんも来店した。
平日の夜来る時は夕食も食べる彼女は、珍しくカフェオレだけを頼んだ。
「今日はご飯いいんですか?」
首を傾げる梓さんに、うん、とひなさんは頷いた。
「お昼遅かったから、もう少ししたら頼もっかな」
「わかりました!」
ニコニコと頷いた梓さんが意気揚々とカフェオレを準備している。
カフェオレ、カフェラテ、紅茶。
彼女は気分でこの三つを頼むが、基本的にはカフェラテが多いような気がしている。
梓さんはひなさんが来た時に自分の中で注文当てゲームをやっているようで、あの様子から想像するに今日は正解だったのだろう。
そんな二人のやり取りが微笑ましい。
周りのテーブルに注文を出し終えた後は、いつも通り三人で話していた。
その矢先だった。
席を予約していた大学生にコンセントを使っていいか声を掛けられる。
より近くに居た梓さんが対応してくれているが、ふとひなさんが胸元の服を掴んでいるのが見えた。
彼女は手を頬杖にしたり、腕を組むことはよく見るが、服を掴む動作はあまり見た事がない。
体調が悪いのだろうか。
心配になって彼女に近寄る。
「…ひなさん?
どうしました、体調悪いですか?」
聞いてみると、ひなさんは頭を振る。
「あの、」
呟いた声はか細くて、僕は聞き漏らさないようにと一歩近寄った。
すると、彼女の手が僕の腕に伸びてくる。
思わず反応出来ずにいると、袖を掴んだ彼女の顔色は真っ青だった。
瞬間、照明が落ちた。
店内がざわついたのを抑えるように、声を貼って梓さんにブレーカーを上げるよう頼んだ。
梓さんは持っていたスマホで明かりを灯し、ブレーカーを確認していた。
その時に、店内に男の叫び声が響いた。
思わず移動しようとした僕を遮るように、袖を掴んでいたひなさんの力が強くなる。
微かに見える明かりから、相変わらず青白い顔色が覗く。
思わず、彼女の手をぎゅっと握り締めた。
「梓さん、はやく!」
そう声をかけて、明かりが付いた瞬間、ひなさんの手から僕は手を離した。
何をしているんだ、と視線をひなさんから外していたからすぐに視界に映ったのは腹部を刺された大学生だ。
高校生探偵とコナン君が被害の様子を見ている隙に、僕は振り返りそうになった彼女の肩を止める。
「人が倒れています。
ひなさんは、振り返らないでください」
そう言えば、彼女は素直に頷いてくれる。
彼女を“こちら側”に起きたくないのは僕自身の都合だが、今のところ彼女は僕の都合を聞き入れてくれることが多い。
本当に優しい人だ。
コナン君と高校生探偵…服部平次、そして警察と共に捜査を開始する。
班長にジト目をされるが、僕は関係ない、と首を振る。
被害者が救急車で運ばれて行ったあと、ひなさんに振り返っていいですよ、と伝えると彼女は肩の力を抜いて振り返った。
だが、振り返った先の血痕を見てまた体を強ばらせるのだった。
「あのよー、刑事さん。
俺らばっか疑ってるけど」
「外部犯ってことはないんですか?」
「カウンターの、去年までここで働いてただろ?
去年通ってた時に、何かあって恨んでたとか…」
「え」
ひなさんが標的にされて、僕は答える。
「彼女には無理ですね」
どういうことかと聞いてくる捜査一課に、彼女はあの、と呟いた。
「私、停電にびっくりして、近くにいた安室さんの袖掴んじゃってて…」
彼女の発言の誤差に、心中首を傾げる。
彼女が袖を掴んできたのは停電になる前だ。
驚いて発言が曖昧になっているのか?
原因は不明だが、停電の間ずっと掴まれていたのは事実だし彼女が犯人のはずもないので敢えて追求はしない。
「という訳で、僕とひなさんはここから動いていないので無理です」
そう言うと、彼女はコクリと頷いた。
班長がやたらニヤニヤとした表情で見てくるが、そんな関係では無い。
わかっていてその表情なのだろうから質が悪い。
他の誰かにその顔見られる前に止めてくれ。
その後、医療関係者を名乗る男を含めて捜査を行い、容疑者を特定した。
警察は捜査はするが現場の片付けはしない。
分かってはいるが、この血痕だけはどうにかして欲しいな、と一般人の立場に立つと思う。
ひなさんが片付けを手伝ってくれることに感謝した。
先にレジ締め等の閉店作業をしている梓さんが、あ、と呟く。
「ひなちゃん、安室さん。
よければこのあと、食事に行きませんか?
賄いも食べ損なっちゃったし」
「行く行く!」
片付けも粗方終わって平常運転になったのか、ひなさんは片手を上げてニコニコと笑う。
「是非」
そう言うと、梓さんはやった、と笑って作業に戻り、ひなさんは少し驚いたように僕を見た。
肩を竦めて笑ってみると、何に納得したのかわからないが何度か頷いて彼女は片付けに戻った。
時間も遅かったのもあり、向かったのはファミレスだ。
ひなさんと梓さんの会話に僕が時折参加する。
そんな時間は、存外悪いものではなかった。
だからだろう。
潜入捜査官として有るまじきことに、僕は、完全に気を抜いていたのだ。