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ポアロでの事件から一週間後の土曜日。
昼からの店番をしていると、ピークを超えた頃に班長がやってきた。
班長が一人でやってくるのは珍しく、心中首を傾げたが、梓さんにその後店は問題ないか聞いていたので一応アフターフォローなのかもしれない。


その梓さんが休憩に入った午後三時。
メニューを開いた班長が僕を呼んだ。
ブレンドの注文を受けたあと、そのまま去ろうとするとやっちまったな、と言われる。

「…どうかしましたか?」
「あいつら、こないだかひなちゃんと榎本さんと食事してるとこ見つけてたぞ」

アフターフォローがついでで、こっちが本題か。
本当に、やってしまった。
小さくため息を吐くが、既に公安だということは気付いていただろう。
分かりやすく干渉してこなければそれでいい。

「俺もお前と会ってることバレちまったからなぁ」

あはは、と笑っているが、一度詰められた後なのだろう。
すぐに肩をすくめる。

「すみません」

安室の口調で謝罪する。
いや、と答えた班長が、それとなと言葉を紡ぐ。
まだ何かあるのだろうか。
首を傾げると、今度はニヤリと口角を上げる。

「あいつらも、今日非番だぞ」

コメカミが、ピクピクと痙攣した。


そんな会話から数分すると、ドアベルが鳴る。
怯えた表情のひなさんが両手を体の前に置いて狼狽えている。
そんなひなさんを先頭に、隠れるように三人の男。
言わずもがな、萩原、松田、そしてヒロが扮する緑川だ。
にっこり、と形容詞が着くように笑う。

「いらっしゃいませ!」

ひなさんを盾にするな、と先日会ったヒロと萩原、数年ぶりの松田を順番に見る。
恐らくヒロは半分無理やり連れてこられたのだろうが、ここまで来た時点で同罪だ。

怯えていたひなさんの表情が驚きに変わる。

「だ、伊達さん?」

ひとりで奥のテーブル席に座っている班長。
班長は片手を上げてよう、と挨拶をしている。

「班長!」

萩原と松田がひなさんを追い越して店内に入る。
そして班長と同じテーブルに座った。

目が点になっているひなさんとヒロの傍に寄る。

「先週、梓さんと三人で食事に行ったところを見つかったみたいです」

顔面いっぱいに疑問浮かべる二人に、つい先程僕が知った事実を伝えれば、彼女は少し安心したようだ。
彼女一人がやらかしたのが理由ではないからだろう。
既に要所要所で会っていたし、時間の問題だとは思っていたから仕方ないとも思う。

「皆さん同じテーブルでいいですか?」

そう聞くと、どう答えていいの分からないのだろう。
彼女は僕とヒロの顔を見比べる。
ここまで来たら、彼女がこの問題で気を使う必要は無い。
僕もヒロも笑うだけだ。
そうすれば、彼女は花が咲いたように、幸せそうな笑顔を浮かべる。

「もちろん!」

足取り軽やかに萩原の隣りに座る彼女は、子供が親の所へ行くように。
それこそ、本当の兄に向ける笑顔で話している。
成程、自分で…そして周りからも、兄妹と言われるのがよくわかる。
二人の間に男女の色はなく、普通にじゃれ合っているだけだ。

「定員さーん、ビールー」

松田に言われて、血管が浮き出るような気がした。
全力で表情だけは取り繕って笑う。

「あはは、やだなぁ、ここは喫茶店ですよ?」

三人のオーダーを取っていると、一番近くに座る彼女がボロボロと涙を零しているのがわかった。
四人と顔を見合わせると、ヒロに顎で差される。
こういう時こそお兄ちゃんの出番じゃないのか、と萩原を見ると、萩原も顎で指図してきた。
む、っとしたい気持ちを抑える。
ひなさんにそんな気持ちを向けるつもりもなかったのでそんなことは朝飯前だが、四人がその奥でにやにや見ているのが気に入らない。

「ひなさんはいつも通り、カフェラテでいいですか?」

殊更優しくなった声に、どうか気付かないで欲しい。

「はい」

涙をキラキラと輝かせながら笑う彼女は、今まで見たどんな女性よりも美しいと思った。
造形ではない、別のところが。

あぁ、そうか。
だから君は、神様なのか。
言葉で理解しても、僕はその意味を理解していなかった。
それを僕は今日、漸く理解した。

彼女は紛うことなき、僕たちの神様だった。