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ポアロに行かなくなって数日、サミット会場の爆発事件が発生した。
哀ちゃんはその煙の中から降谷さんの姿を見つけ出していたけれど、私には見つけられなかった。
私には鋭い洞察力もなければ、地頭が良い訳でも、身体能力が高い訳でもない。
東都大を出たところで、机に向かう勉強しか出来ないんじゃ意味が無い。
私が居たところで何の役にも立たない。
現場慣れしてないから殊更お荷物でしか無いだろう。
わかってるから、今までも関わらないようにしてきたし、これからもそうしていくつもりだ。
初めから、決めていたのに。
ボロ、と涙が零れる。
この放送されている爆発で、降谷さんも風見さんも怪我を負っている。
数日後には、降谷さんは車でビルからビルへ飛び移って肩を負傷する。
「あはは…」
私、ほんと役立たずだ。
アナウンサーの声が、ひたすら、爆発事件の説明を繰り返していた。
小五郎さんの事件をニュースで追いかける日々だった。
そんなある日、親から電話がかかってくる。
「もしもし」
「どうかした?」
なんの用かと思って聞くと、別に、と返される。
「定期的に怪我してるから、大丈夫か心配になって」
生存確認だった。
確かに、バレてない数も含めると中々な頻度になりつつあるから、言い訳はできそうにない。
「うん、今は大丈夫だよ。
なんともない」
「たまには顔出しなさいね。
お父さんも心配してるわ」
元々そんなに実家に帰る質ではないが、最近は殊更帰ってなかったように思う。
仮にも公安の協力なんてやって、しかもあんな組織とやり合ってる人の傍に居るとわかっていると、他人を巻き込みたくない気持ちが強い。
でも、今の事件が落ち着いたら帰ろうかな、なんて思った。
「うん、今度行くね」
そう、返すと、電話の向こうの音が歪んだ。
なんだろ、と思っていると、耳に当てているスマホが異様に熱くなっていることに暫くして気付いた。
「あっつ…」
耳から離そうとした瞬間、耳元のすぐ傍でスマホが爆発した。
キン、とした音が耳から離れない。
ジクジクとした痛みと吐き気に頭を抱える。
「うぅ…」
私事で騒ぎにしたくない。
そう思って、そのまま目を瞑って蹲る。
少しすれば治るはずだ。
大丈夫、大丈夫。
誰にも迷惑かけずに済むはずなんだ。
どれ程そうしていただろうか。
頬の痛みが少し引いた頃、ガチャガチャと玄関の外が騒がしくなる。
どうしたんだろ、そう思って顔を上げると、扉の開く音がして、視界に諸伏さんの姿があった。
彼は顔中に汗をかいていて、目をこれでもかというくらい見開いている。
「なん、で…」
「それはこっちのセリフだ!
そんな大怪我どうして…!」
大怪我…?
確かに少し音は聞きづらいが、少し痛むくらいで何を、と思っていると、そのまま抱えられる。
「保険証は鞄の中にある?」
そう聞かれて頷くと、言わずもがな、病院へ連行されたのだった。
病院で治療をしてもらった結果、スマホを持っていた右手、右耳周りの顔面の火傷と、右耳の鼓膜が破れていることがわかった。
鼓膜は恐らく自然治癒が可能な状態らしいので、一ヶ月経っても治らないようだったらまた来るように、と言われた。
顔面の火傷はまぁまぁ酷いようで包帯を巻かれた。
爆発した時に直ぐに冷やさなかったのが敗因だ。
これは、暫く実家には帰れそうにない。
ポアロに行こうものならまた怒られる。
…というか、多分、今からお説教コースだ。
診察室で治療の様子をジト目で見ている諸伏さんに冷や汗です。
病院を出て車の中で、案の定お叱りが始まる。
どうやら、都内でIoTテロが話題になった時に私が無事か電話したが、繋がらいから、GPSを頼りにわざわざ家まで来てくれたらしい。
「ご迷惑お掛けしまして…」
「それはいいんだけど」
はい、お叱りは迷惑かけた云々とは別のポイントですね。
「家にいるなら、怪我の程度くらい確認しようか」
「はい」
「火傷も冷やせばもう少しマシだったのわかるよね」
「はい、わかります」
助手席で正座しかけたが、
「車出すから正座やめて」
「はい…」
大人しくシートベルトを付けた。
鼓膜が破れているのと、包帯を巻いている影響で諸伏さんの声が聞きづらい。
それが分かっているのか、諸伏さんも車を出したあとはあまり話さなかった。
家を出る時は夕空だったが、もう夜だ。
このまま家まで送ってくれるつもりだろうか。
そんなことを思っていると、諸伏さんが電話を受けたのか私とは関係なく話し始める。
「あぁ、今ベガが怪我したから病院行ってて…。
うん、命に別状はないよ」
ベガ…って、私の事か。
わざわざコードネーム付けて話すということは相手は降谷さんなのだろう。
電話を切った諸伏さんが、ユーターンを始める。
「ひなちゃん、あいつから避難指示が入ったから」
少し大きめに話してくれたのは、私の耳を慮ってだろう。
その行先は当然サミット会場と予定されていたあの場所だ。
「ねぇ、緑川さん、行かなきゃダメ…?」
「うん」
駄々こねるのもなぁ、と思いつつ。
でも行けば危険が待っているのは知っている。
その危険が降谷さんと、コナン君の力で避けられることも。
「よろしくお願いします」
行っても安全とわかっているなら、いつも心労かけてる相手に従うことにした。
後で心配させることにはなるだろうが、残念ながら今の私に発言権はない。
予想外だったのは、タワーの上層階に上がった時だ。
鼓膜が破れた影響で、気圧の変化に体がついて行かない。
頭痛と吐き気で立ってることもままならず、諸伏さんに支えてもらっていた。
「ごめん、しんどいよね」
頭を振って笑う。
多分下手くそな笑顔だったけれど、彼も下手くそに笑ってくれた。
下手くそ同士、お似合いかもしれない。
体調が落ち着いてから、外を眺める。
ちょうど近くに建設中の建物が見えて、私は窓に両手を触れて、覗き込むように見ていた。
流石にどんな外観のビルだったかは覚えてないけれど、そんなに建設中のビルが密集することもないだろう。
再び電話を受けた諸伏さんが、私の腕を掴む。
私を引きずって窓から遠ざかろうとする彼に抵抗すれば、乞うように彼が声を絞り出す。
「ひなちゃん…!
逃げるんだ!」
「お願い、ここにいさせて」
「ひなちゃん!」
「どうせ!」
声を張ると、彼は息を飲む。
「どうせ、ほんとうにここに来ちゃったら、助からないでしょ?」
なにが、とは言わない。
今降谷さんから聞いて、彼は知っているはずだ。
そして、私がこう言えば、私が知っていることもわかるだろう。
目を丸くさせて、口をパクパクとさせている。
「わかっていてここに来たのか?」
聞かれた言葉に、また、下手くそに笑った。
「…ごめんね。
でも、信じてるから」
未来は変わらないと。
あの人が今、最悪の事態を避けるために、あの子と頑張っていると。
「ここで、見させて」
そう言うと、彼は私の腕を引くことを諦めたのか手を離した。
その代わりに、私の隣りに座り込む。
「もしもの時は、俺も一緒だよ」
「ありがと、」
諸伏さん。
誰にも聞こえないように、ちいさな、小さな声で名前を呼ぶと、彼は緑川さんの顔で、諸伏さんみたいに笑った。
ビルを見ていた。
そんなに長い時間ではなかったけれど、実際の時間よりも体感は長くて、もう、何時間も経ったような錯覚を受ける。
その時だった。
ビルとビルの狭間に、車のライトが見える。
「…ぁ!」
私が前のめりになると、隣りで諸伏さんも前のめりになるのがわかった。
「ゼロ…?」
打ち上がった花火と、その花火の光のお陰で見えるカプセルの軌道。
諸伏さんはそれに気付いて、私の頭を抱えて床に伏せた。
直後に建物に激震が走る。
少し離れた人集りから叫び声が聞こえるが、建物にいる人の被害はほとんど無いはずだ。
この人集りの揉みくちゃによる軽傷の方が多そうだな、なんて叫び声から思う。
揺れが収まった頃、諸伏さんは私からゆっくりと離れる。
「身体は大丈夫?」
「うん。
ありがとう、我が侭聞いてくれて」
「ひなちゃんの我が侭なら、いつでも聞くよ」
そう言ってくれた。
でも、知っている。
聞くと同時に、説教も待っているのだ。
「…あのね、あのひと、怪我してるはずなの」
「だろうな。
あんなダイブして無傷だった方がビックリだよ。
風見さんに連絡入れる」
そう言って、早速電話をしてくれる。
その横で、もう何も見えない窓の外を見る。
明日はポアロに行こう。
きっと肩の怪我を隠して、ポアロで働いているはずだ。
またひとつ、私の知っている未来が終わった。
あぁ。
でも。
そうだ。
どうして忘れていたんだろう。
彼に伝えなくちゃいけない。
電話を終えた諸伏さんの腕を引いて、呟く。
「話しておかなくちゃいけないことがあります」
畏まった私を見て、諸伏さんは頷いた。
また気圧の変化に耐えながら地上に降り、諸伏さんの車で、彼のセーフハウスへ向かう。
その車中で、どこまでをどう伝えようか拙い頭を働かせる。
あのハロウィンに向けた話を。